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認識の齟齬

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他愛も無いカルチャーショックがそんなに尾を引くなら、行って確かめてみればいいのだ。
行って、阿部にとってそれこそ時間の浪費だろう事を確認して来ればいい。
阿部はそういう奴だ。
勿論、本当は絶対に行くなと花井は思っている。
「そりゃお前じゃねぇの?」
「オレは誘われてないだろ。」
「じゃなくて、お前こそそういうの行ってみたら考え方変わるかもしれねぇよ?」
阿部の言い方は淡々としているようでどこか歯切れが悪く、的を得なくて彼らしくない。
「まぁ今はてめぇの事だから勉強優先とか言いそうだけどよ。
どの道大学入ったらお前はさ、」
「待て待て。」
何を言ってるんだお前はと、花井は阿部の言葉を遮る。今度は花井が眉間に皺を寄せた。
「お前はオレに合コンに行けって言うのか。」
明らかに苛立ちを含んだ花井の声に、阿部は怯む素振りもない。
それどころか相変わらず静かに受け答える。
「行けっつーか、それもひとつの手段かなと。」
阿部が何を言い含めているのか、それが更に花井の気持ちを逆撫でた。
「何のだよ。大体、お前はオレが行って何とも思わないわけ。」
「お前だって行けっつったじゃねぇか。」
「冗談だろ。わかってんだろ。絶対行くなよ。」
「お前は1回行ってみた方がいーよ。」
「!」
ガタリと二人の間のテーブルが揺れ、残り少ないグラスの麦茶がはねる。
花井の苛立ちはいよいよ煽られるばかりだったが、それにしても阿部は不思議なほど静かなままだった。
普段は売り言葉に買い言葉の男が、相手の逆上に驚くほど釣られない。
それどころか、いつもは真っ直ぐに見つめてくる目が、花井から背けられている。
黒い瞳が所在なさげに。
その違和感に気付いたところで花井は頭が冷えていくのを感じた。
もしかしなくても阿部は花井を怒らせるのを承知でこんなことを言っている自覚があって、その上でまだ恐らく花井の怒りを買う言葉を喉の奥にしまっている。
聞いておかなければならないとさっき考えたはずじゃないのかと花井は語気を落ち着かせて問い質した。
「行ったら、何がわかるって?」
「時間のムダじゃねぇかって事。
オレと一緒にいてそれがお前の何になるっての。」
花井はほんの十数分前の自分を恐ろしく悔やんだ。
はじめの一言の時点ではっきりきっぱり言っておくべきだったのだ。
意味だけをとればきっと感傷的なはずの阿部の言葉はそれが逆に腹立たしいほど落ち着いてくそ真面目で、それでも前半だけなら今度こそ怒鳴ってやったものを花井は言葉を噛み締めて黙るしかない。
大学に行けばとかお前は結構普通だからとか大体三年間も野球部の人間とばかりいるからとか、阿部はなにやら細々と付け足してくれている。
何事にもやたら熟考深謀するこいつの特技で以って今日の放課後からたっぷり今までこんなことを考えていたというのだろうか。
まだ合わない視線は口ぶりと裏腹に揺れ始めたように見える。
それは錯覚ではないと花井は思っているし、何より本来感情を押し殺すなんて芸当を阿部が完璧に出来るはずがない。
―――こいつは本当のアホだ。
広がる世界を知って自分達の意識と共に関係まで変わっていくのかもしれない、きっとそれは阿部自身の不安だとは気付きもせず、本気で花井の将来へのアドバイスとすり替えてくるあたりが途方も無くアホだ。
しかも頂けないのは、暗に合コンで可愛い女の子がいたらそっちを取れみたいな事を言われているという事だ。
でなければ今がムダだ時間の浪費だなんて結論になりはしない。
どうせ離れるなら、今こうして一緒にいることは無駄になると言っているのだ。この合理的な思考形態の持ち主は。だって浪費だなんて言いやがった。
阿部と過ごす時間は花井にとってそんなものであるはずは無い。
腕を伸ばし、花井は阿部との距離を詰めた。
体ごと自分の方を向かせて、背けられているままの顔に手を添える。
「お前それでいいんだ。」
「仕方ないんじゃねぇの。」
口調はやはり淡々としているのにその顔はなんだともどかしくなり手に力がこもる。
阿部の困惑する目と視線が合い、いっそ涙でも滲ませてくれればまだ話は簡単なのにと花井は一つ目のキスからやり直した。





***
こんな話になる予定はなかった。
作品名:認識の齟齬 作家名:ワタヌキ