愉快犯・世界の週末
愉快犯・威銀
※吉原~の後
「オイオイ」
また阿伏兎の説教が始まった。
煩いので耳を塞いでいようかとも思ったが、両手が空いてないので無理だ。
「俺は分かるとしてもよォ」
怪我人のクセして口だけは異様に元気だ。耳元でやあやあと騒がないでくれないかな。
その身体を地面に投げ捨ててやりたいが、それは駄目だ。上との交渉にはこの男が必要不可欠。が、分かってはいるのだがやはり、煩いのは嫌いだ。
まるで小姑のような男に面倒臭さを抱く。
「おい、ちゃんと聞いてんのかこンの馬鹿大将」
「聞いてるよ。ちょっと黙っててくれないかな、もしかしたら煩くて手が滑っちゃうかモ」
傷口に響くようわざとらしく振動を与えてみた。
案の定阿伏兎は可笑しな顔で声を上げた。
「泣けるねえ」
阿伏兎が泣いていても慰める気には誰もなれないだろう。
ぼんやりと思いながら、いつの間にか止まっていた足を再開。
阿伏兎は恨めしそうに自分を一瞥し、視線を下げる。そして、さも言いたくないといった感じで、重たい口を開いた。
「で、その銀髪を拾って来たのは気まぐれかい」
左に抱いたお侍さんを見やり、ハッと苦笑にも取れる笑いを溢した。
「ペットにでもしようかなと思ってね」
「そりゃあ……」
どういう意味だ? 開きかけただろう口を阿伏兎はきゅとつぐむ。
俺は項垂れているお侍さんを見て、口元が緩まずにはいられない。
「殺っても良かった」
大人二人を同時に運ぶのは大変だ。気を抜くと勝手に倒れようとする。
ずり落ちそうになるお侍さんを抱え直して、途切れかけた言葉を続けた。
「でも、壊しちゃったら勿体無いなぁってさ」
「ん、っ……」
ピクリと男が反応する。
気絶していても、これだけ傷付けても剣を折られても、生命力に溢れて止まないこの男は非常に興味深い。地球の生物は弱いものばかりだと思っていたが――中々。
暫く振りに楽しめた。
「まあ、見逃しても良かったけど……どう考えてもこのお侍さん、あの妹とか眼鏡くんが危険に晒されたら自分を犠牲にしてまで突っ込んで行きそうだったんだよネ」
自滅するタイプ? 危なっかしかったんだ。
明々と燃え上がる生命力には大過ぎる故に儚さも多く孕んでいた。
「それで拉致って来たってわけですか……また、面倒な」
「結構モノは大事にするタイプだよ、俺って」
「そりゃあ、お前さん、アンタの感覚だろう? ペットなんてどうせ直ぐに捨てちまうだろうが。考え直してくれないかねェ……はぁ、上になんて報告すりゃあ良いんだ」
しまった。また阿伏兎の悪い癖が出た。
ぶつぶつと俺に対しての説教のような独り言を繰り返す。
「任せるよ」
盛大な溜め息が溢れ落ちた。
「任せるって言葉が一番胃に来やがる」
「あはは」
誤魔化した笑いは何の効果もないだろう。
「お、もう少しで……っ……」
路地から出ようとした瞬間、割れて転げていた酒瓶に反射した光が視界を眩ます。慣れない光に目が焼けてしまうのではないのか、時折そんな事を考えてしまう。
「さァて、ソラに戻らないとなァ」
阿伏兎の呟きに小さく頷いた。
「戻ったら犬小屋と首輪買わないとね」
「……、悪趣味だ、な」
広がる青い空は右肩に抱く男に似ているような気がした。
fin