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かなめ@シズドタ
かなめ@シズドタ
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田中トムの恋愛相談所

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アスファルトの照り返しが、熱い。
 仕事上、スーツ姿を崩さない田中トムは、次の仕事場へ向かう時間潰しを兼ねて、ケンタッキーのアイスコーヒーを店前で楽しんでいた。
 見渡すサンシャイン60通りは、今日も雑多に賑わっている。
「今日は平和だなぁ」
「……そうっすね」
 隣では、バーテン服姿の、これも暑そうな静雄が、壁に寄りかかりながら行き交う若者たちを眺めている。
 トムは、今日の静雄が少し普通ではないなと感じていたが、ぼんやりと通行人を眺め、返事もどこか心に無い様子にどうしたものかとしゃがんだ格好から立ち上がった。
「どうした、静雄。ぼんやりして、暑いのか? まあその格好じゃ暑いだろうけどよ。ちゃんと水分取れよ?」
「……いや、なんでもないっていうか」
 やはり何かあるのかと、トムは落ち着かず口元を押さえ、のろのろと忘れていたように煙草を咥える静雄を見守った。だが、静雄は上手く火がつけられず、何度もライターを弾いたが、結局諦めてしまった。
「静雄?」
「……トムさん、ちょっと、まじ、相談してえことがあるんスけど」
「おお? おお! なんだよ言ってみろよ」
 トムは一体何を言い出すのかと慌てた分、静雄からの相談という珍しい言葉に、興味が湧いた。
 静雄はしばらく苛立ったように言葉を迷ってから、ようやく口を開いた。
「……実は、好きな奴が、出来たつうか、好きかっていうのも、良くわかんねえんですけど、なんか、気になっちまって。こういうの、良くわかんねえすよ」
 池袋最強と名高く、恐れられる存在の静雄から放たれたとは思えないかわいらしいしどろもどろの告白に、トムは息子の成長に対するする親のように感動してしまった。
「まじかよ、良いじゃねえか、お前面の割に、そっち関係疎そうだからな」
「んなこと、ないっすよ……」
 思春期だなあ、とトムは街の喧騒をよそに、静雄に話の先を求めた。
 静雄は正直、モテる。
 何しろこの顔立ちに、スタイルだって良い。性格に難さえ無ければ、今頃弟と同じく銀幕の中に居たかもしれない。
 もちろん、その危なっかしさも含めて、言い寄って来る女たちは数え切れないほど居た。
 危険な者、強い者には、皆恐れつつも本能的に惹かれるのだ。
 だが結局、誰も静雄を愛せず、静雄も愛することが出来なかった。
 その静雄が、中高生のように恥じらい、侭ならない気持ちに言葉を濁す。
「どんな子なんだ?」
「……高校ん時の、同級生っす」
 どんな運命的な再会をしたのかと、トムはついつい好奇心に踊らされてしまった。
「美人か?」
「美人、って訳じゃないですね、ていうか、美人……じゃねえよなあ、どっちかつうと、いかつい感じっすね」
 トムは脳内のイメージを、繊細なタイプから、豪胆で大らかな豊満タイプへ切り替えた。
「どんな所が好きなんだよ」
 静雄は火の付いていない煙草を指に挟んで、池袋の狭い空を見上げた。
 トムは、これは重症だと心配しつつ、じっと答えを待った。
「あいつは、俺が暴れても、ちゃんと受け止めてくれるんすよ。ちゃんと、叱ってくれる。すげえ居心地が良いんすよ。許してくれるんじゃないんスよね、ただ、そこに居てくれるっていうか、理屈なんか必要ねえんだろうな」
 最後は独り言のように静雄は呟いた。
「……で、お前は何を悩んでるんだ? 話聞いてる限りじゃ、お前はその子にベタ惚れしてるとしか思えねえんだが」
 静雄は表情の見えにくいサングラスの下の表情を、あからさまにうろたえさせた。
「っ、まだそうと決まった訳じゃ……」
「お前は肯定して欲しいんじゃないのか?」
 すると静雄は顔を反らし、しばらく考えてから、ぽつりと、そうかもしれないっす、と呟いた。
「答えは決まってるんだろ」
「……わかんねえんですよ、好きかもしれねえってのはわかってるんですけど、だからって俺が何かしてやれる訳じゃねえし、俺が暴走したらって思うと」
「やれやれ、こりゃ重症だな」
「……トムさん、俺どうすりゃいいんスか」
 じりじりと降り注ぐ太陽を、トムも見上げた。
 どうすればいい、なんていうものを誰かに聞いても、素直に頷くことなど大抵出来ない。吐き出したいだけだ。
 恐れられる静雄も、こうなってしまえば、純情な一人の青年だ。
 静雄の根本は、穏やかな人格であると、トムも知っている。
 制御出来ない力の所為で誤解を招きやすいが、筋の通った、生真面目な奴なのだ。
 その静雄が、誰かに惚れたというのだから、トムは応援したいと思った。
「聞いてなかったけどよ、向こうはお前のこと、どう思ってんだ?」
「……どうって、んなこと聞いたことねえっす」
「ないのかよ!」
 手を繋いだことはあるのかと子供じみたことを聞きそうになったトムは、自分に落ち着けと念じた。
 静雄の恋愛は、まだ初級の初級を、停滞しているようだ。相手の気持ち以前に、自分の気持ちすら定まっていない静雄に、今の質問はハードルが高かったなと、トムは反省した。
 一筋縄ではいかない男なのだ、静雄は。複雑そうに見えて、とてつもなく単純だ。また、逆でもあった。
「友達多い奴なんで、下の奴らにも慕われてんですよ」
「ははあ、お前も友達にしか見られてねえってことだな」
 火に油を注ぎそうな発言だったにも関わらず、今日の静雄は水をぶっかけられたように、しなだれた。
「でもよ静雄、誰だって最初っから相思相愛って訳じゃないんだ。いいじゃねえの、お前はスタート地点に立ったんだって。好きならその気持ちを貫き通せよ。何があっても守ってやる、くらいの心意気でぶつかっていきゃあ、お前を受け止めてくれるくらい豪気な女ならちゃんと答えてくれるさ。脈はあると思うけどな」
「守らせてくれるかは、わかんねえっすけど」
 その時の静雄の柔らかい表情に、トムは思わず視線を奪われてしまった。
 同時に、こんな顔をさせる女の姿を、見てみたいとも思った。
 きっと、とびきりの良い女に違いない。
「まあ、まずはお前を一人の男として認識させねえとな。高校の時つうと、まだガキだろ。その延長になっちまってんのかもだからな」
「参考になります」
「素直じゃねえか、今日は」
「……すんません」
 しおらしい静雄の姿に、雨でも降るかもなと、トムは笑った。ひと雨くらい来ても歓迎したいほど、今日は暑い。
「さってと、そろそろ時間だな。今度もう少し詳しく聞かせろよ」
「うす」
 頭を仕事に切り替えようと、トムは氷の溶けてしまった生ぬるいアイスコーヒーを飲み干した。
 そこへ、ひとつ声が掛る。
「静雄じゃねえか」
 トムよりも先に反応した静雄が、面倒くさそうに口を開く。
「……よう、門田」
 聞き覚えのある声に、トムはストローを吸いながら、静雄の背越しに門田を見た。
 静雄に物怖じせず、声を掛けてくるような人間は、池袋では限られている。
 門田、という名前には心当たりがある。確か、静雄の高校の同級生で、折原とも関わりがあるとか無いとか。
 門田はトムに対して目礼して、すぐに静雄に向き直った。目上の者にきちんと気遣い出来る点で、印象は良い。強面だが、妙に落ち着いた穏やかな雰囲気を持つ男だとトムは門田の情報を追加した。