Milk Chocolate
2月14日はこの国立世界W学園もバレンタイン一色だ。
毎年この季節になると浮かれた独特の空気があり、ほぼ学園と寮の往復で生活してる身でも気付いてしまう程度には学園内にもバレンタインという行事が浸食している。
うっかり家庭科の調理室を通ろうものなら甘い匂いが漂い、下手すると自分のいる男子寮ですら甘いチョコの香りが漂ってくる。(きっと寮で漂ってたチョコの香りは料理好きのフランスあたりが原因に決まってる)
その度に顔をしかめて通り過ぎる自分を周りはどう思っているのだろう。普段の笑顔を消してそんなことをしていれば、チョコ嫌いと思われてるかもしれない。
――勿論、チョコが嫌いなんてことはない。
むしろチョコレートは大好きだ。チョコバーを時折持ち歩いては食べてるくらいだから、チョコが嫌いなんてこともなければ、甘い香りが嫌だということもない。
ただこの時期になると、チョコレートが美味しいだとか甘いだとか、そんなことを気にする余裕がなくなるのだ。
それもこれも――今目の前にいる人が全ての原因だ。
「なんだよアメリカ。それ食わねえのか?甘いもん食べたいってやってきたの、お前だろ」
「……」
俺の手元にあるのはストロベリーのアイスクリーム。
「今日はストロベリーって気分じゃないんだ。もっと甘いのがいい」
「もっと甘いのって…アイスでストロベリーより甘いのってあったか?バニラよりは甘いだろ?」
「なんでそうなるんだよ…普通チョコが一番甘くない?」
「今バニラしかねえんだよ」
「アイスなんかよりもっと甘いのがいいんだぞ」
「へ?……だって去年、お前この時期にチョコレートなんて死んでも見たくないって…」
イギリスの言葉に、去年の自分の言動に舌打ちする。
ああ去年も同じようにこの時期苛々していて、そんなことを言ったのを覚えてる。それもこれもイギリスがフランスなんかに手作りチョコを味見させようとして、拒否されて二番目に俺のところに来たからだ。フランスの次、というのが心底気に食わなくてそう吐き捨てたのを覚えてる。
――ついでにイギリスが泣きそうな顔をしたのもしっかり覚えていて、言い捨ててせいせいした気分と同時に酷く後悔したのも覚えていた。
だから今年はフランスなんかにあげたり味見させたりする前に――あんなことを言わない為にも、用も無い生徒会室に来ている。
…生徒会室は嫌いだ。
イギリスはまるでここを神聖な場所のように言うけれど、俺にとっては彼を閉じ込めて俺と隔てるただの箱だ。
生徒会室なんて名前がついてるせいで、俺は用事を作らないとこの部屋に踏み込めない。教室ならなんだかんだ言い訳をつけて行けるのに、こんなところに引き籠られたら一般生徒の俺は近づけなくなる。
次期生徒会長と目されてるのを利用して、来年のために、なんて言い訳はあるけれど、そんな言い訳死んでもごめんだ。
俺を後釜に据えたがってるフランスやイギリスのいいなりになるのは嫌だし、彼の都合のいい存在になって、弟だった俺に戻るのもまっぴらごめんだ。
おかげで俺は近づけない生徒会室も生徒会も嫌いだけど、でも今年は無理矢理理由をつくって生徒会室に居座った。
今日はバレンタイン当日。
一日くらいならば「甘いものが食べたいんだぞ」なんて言っておしかけられると思って、実際そう言ってやってきたのに……まさか去年のあの一言を覚えてるだなんて思わなかった。いらないことばかり…いやネガティブな事ばかり覚えてるこの人に、どう言えばチョコレートを出させることができるのだろう。
だって昨日見てしまったのだ。
放課後、見えないイギリスの姿を探していた時、校舎の端にある家庭科の調理室で、真剣にチョコレートを作っているのを。
――あれはきっと、本命用だ。
下手なのに料理好きな彼が調理室を使ってるのはそう珍しいことではないが、それでもあんなに真剣な顔をしてチョコを作ってる姿は見たことがなかった。
そして極めつけは大事そうにおかれた包装紙と綺麗なリボン。彼の瞳の色である綺麗な緑のリボンがとても印象的で、一目見て本命用だとわかった。
あのチョコレートは一体誰にあげるのだろうか……なんだかんだいって仲の良いフランスか、それともオトモダチの日本か。
どっちにしてもバレンタインにチョコレートなんていらないと思ってる(と彼が思い込んでる)俺に対して、一生懸命作ったチョコを渡すはずがない。それが余計に俺を苛つかせて、目の前のアイスの味もわからなくさせる。
「……あの、さ」
「何?」
食べもせず室温で溶けていくアイスをスプーンでぐるぐるとかき混ぜてた俺に、イギリスが話しかけてくる。
反射的に答えて顔をあげると、イギリスは何故かおそるおそる、だがどこか嬉しそうにして俺を見ていた。
「お前さ……もしかして、チョコとか…食べたい気分、なのか…?」
「―――」
…今の問いかけは一体何なんだろう。
咄嗟に答えられずにまじまじとイギリスを見ると、そわそわと落ち着かない様子で鞄と俺を交互に見ている。
イギリスの鞄からは、昨日見た緑色のリボンが僅かに顔を覗かせていて―――それに気付いた瞬間、心臓がドクンと音を立てた。
「う、ん……なんだか、チョコが食べたい気分なんだ…」
理性では期待するだけ馬鹿を見るってわかってるのに、心音はばくばくと煩くて喉が干上がる。
―――まさか、そんな。
そんなこと、あるはずがない。だって彼は、ついさっきまで俺がチョコなんていらないと思っていたはずなんだ。
…いや、未だに彼の中では(忌々しいことに)俺の存在は兄弟として大きくて、本命よりも彼の中で重要なのかもしれない。それで、今ではまずいといって拒否すらする俺に食べさせる機会だと、そんなどうしようもない意味でチョコを渡そうとしているのかもしれない。
――だとしても、かまうもんか。
どんな意味であれ、もしそうなら彼の作った本命のチョコは、俺以外の口には入らなくなる。
独り占め出来る。
そう思って期待を抑えられないままイギリスを見つめると、じゃあといってイギリスがごそごそと鞄から例のラッピングされたチョコを取り出す。
まさに期待通りの展開に言葉も出ずにただイギリスを見つめていると、イギリスが口を開きかけた途端――生徒会室の扉が開いた。
「……あれ、もしかして俺、お邪魔だった?」
ノックもせずに入ってきたのは、イギリスと同じ生徒会のメンバーであるフランスだった。
フランスの言葉には心の底から邪魔だよと即答したいのをこらえて「別に邪魔じゃないよ」とそっけなく答える。
同時にイギリスが「な……何もしてないんだからなっ!」と言わなくていい事を言ってしまった。
…あーあ。なんかフランスのいらないスイッチが入ってしまったのを嫌々ながら視覚で確認する。
この人イギリスをからかうのが趣味みたいなもんだから、いらないこと言わなきゃいいのに。
そんなことを思いながら半分以上とけてるアイスを口に含みつつ眺めていると、案の定彼はイギリスを見てによによと笑った。
「そんな反応したら何かあったって言ってるようなもんだろ?アメリカに渡すとこ邪魔して悪かったなあ。でも漸く本命に渡す勇気が出るとはおにーさんちょっと意外」
……何言ってるんだろう、この人は。
毎年この季節になると浮かれた独特の空気があり、ほぼ学園と寮の往復で生活してる身でも気付いてしまう程度には学園内にもバレンタインという行事が浸食している。
うっかり家庭科の調理室を通ろうものなら甘い匂いが漂い、下手すると自分のいる男子寮ですら甘いチョコの香りが漂ってくる。(きっと寮で漂ってたチョコの香りは料理好きのフランスあたりが原因に決まってる)
その度に顔をしかめて通り過ぎる自分を周りはどう思っているのだろう。普段の笑顔を消してそんなことをしていれば、チョコ嫌いと思われてるかもしれない。
――勿論、チョコが嫌いなんてことはない。
むしろチョコレートは大好きだ。チョコバーを時折持ち歩いては食べてるくらいだから、チョコが嫌いなんてこともなければ、甘い香りが嫌だということもない。
ただこの時期になると、チョコレートが美味しいだとか甘いだとか、そんなことを気にする余裕がなくなるのだ。
それもこれも――今目の前にいる人が全ての原因だ。
「なんだよアメリカ。それ食わねえのか?甘いもん食べたいってやってきたの、お前だろ」
「……」
俺の手元にあるのはストロベリーのアイスクリーム。
「今日はストロベリーって気分じゃないんだ。もっと甘いのがいい」
「もっと甘いのって…アイスでストロベリーより甘いのってあったか?バニラよりは甘いだろ?」
「なんでそうなるんだよ…普通チョコが一番甘くない?」
「今バニラしかねえんだよ」
「アイスなんかよりもっと甘いのがいいんだぞ」
「へ?……だって去年、お前この時期にチョコレートなんて死んでも見たくないって…」
イギリスの言葉に、去年の自分の言動に舌打ちする。
ああ去年も同じようにこの時期苛々していて、そんなことを言ったのを覚えてる。それもこれもイギリスがフランスなんかに手作りチョコを味見させようとして、拒否されて二番目に俺のところに来たからだ。フランスの次、というのが心底気に食わなくてそう吐き捨てたのを覚えてる。
――ついでにイギリスが泣きそうな顔をしたのもしっかり覚えていて、言い捨ててせいせいした気分と同時に酷く後悔したのも覚えていた。
だから今年はフランスなんかにあげたり味見させたりする前に――あんなことを言わない為にも、用も無い生徒会室に来ている。
…生徒会室は嫌いだ。
イギリスはまるでここを神聖な場所のように言うけれど、俺にとっては彼を閉じ込めて俺と隔てるただの箱だ。
生徒会室なんて名前がついてるせいで、俺は用事を作らないとこの部屋に踏み込めない。教室ならなんだかんだ言い訳をつけて行けるのに、こんなところに引き籠られたら一般生徒の俺は近づけなくなる。
次期生徒会長と目されてるのを利用して、来年のために、なんて言い訳はあるけれど、そんな言い訳死んでもごめんだ。
俺を後釜に据えたがってるフランスやイギリスのいいなりになるのは嫌だし、彼の都合のいい存在になって、弟だった俺に戻るのもまっぴらごめんだ。
おかげで俺は近づけない生徒会室も生徒会も嫌いだけど、でも今年は無理矢理理由をつくって生徒会室に居座った。
今日はバレンタイン当日。
一日くらいならば「甘いものが食べたいんだぞ」なんて言っておしかけられると思って、実際そう言ってやってきたのに……まさか去年のあの一言を覚えてるだなんて思わなかった。いらないことばかり…いやネガティブな事ばかり覚えてるこの人に、どう言えばチョコレートを出させることができるのだろう。
だって昨日見てしまったのだ。
放課後、見えないイギリスの姿を探していた時、校舎の端にある家庭科の調理室で、真剣にチョコレートを作っているのを。
――あれはきっと、本命用だ。
下手なのに料理好きな彼が調理室を使ってるのはそう珍しいことではないが、それでもあんなに真剣な顔をしてチョコを作ってる姿は見たことがなかった。
そして極めつけは大事そうにおかれた包装紙と綺麗なリボン。彼の瞳の色である綺麗な緑のリボンがとても印象的で、一目見て本命用だとわかった。
あのチョコレートは一体誰にあげるのだろうか……なんだかんだいって仲の良いフランスか、それともオトモダチの日本か。
どっちにしてもバレンタインにチョコレートなんていらないと思ってる(と彼が思い込んでる)俺に対して、一生懸命作ったチョコを渡すはずがない。それが余計に俺を苛つかせて、目の前のアイスの味もわからなくさせる。
「……あの、さ」
「何?」
食べもせず室温で溶けていくアイスをスプーンでぐるぐるとかき混ぜてた俺に、イギリスが話しかけてくる。
反射的に答えて顔をあげると、イギリスは何故かおそるおそる、だがどこか嬉しそうにして俺を見ていた。
「お前さ……もしかして、チョコとか…食べたい気分、なのか…?」
「―――」
…今の問いかけは一体何なんだろう。
咄嗟に答えられずにまじまじとイギリスを見ると、そわそわと落ち着かない様子で鞄と俺を交互に見ている。
イギリスの鞄からは、昨日見た緑色のリボンが僅かに顔を覗かせていて―――それに気付いた瞬間、心臓がドクンと音を立てた。
「う、ん……なんだか、チョコが食べたい気分なんだ…」
理性では期待するだけ馬鹿を見るってわかってるのに、心音はばくばくと煩くて喉が干上がる。
―――まさか、そんな。
そんなこと、あるはずがない。だって彼は、ついさっきまで俺がチョコなんていらないと思っていたはずなんだ。
…いや、未だに彼の中では(忌々しいことに)俺の存在は兄弟として大きくて、本命よりも彼の中で重要なのかもしれない。それで、今ではまずいといって拒否すらする俺に食べさせる機会だと、そんなどうしようもない意味でチョコを渡そうとしているのかもしれない。
――だとしても、かまうもんか。
どんな意味であれ、もしそうなら彼の作った本命のチョコは、俺以外の口には入らなくなる。
独り占め出来る。
そう思って期待を抑えられないままイギリスを見つめると、じゃあといってイギリスがごそごそと鞄から例のラッピングされたチョコを取り出す。
まさに期待通りの展開に言葉も出ずにただイギリスを見つめていると、イギリスが口を開きかけた途端――生徒会室の扉が開いた。
「……あれ、もしかして俺、お邪魔だった?」
ノックもせずに入ってきたのは、イギリスと同じ生徒会のメンバーであるフランスだった。
フランスの言葉には心の底から邪魔だよと即答したいのをこらえて「別に邪魔じゃないよ」とそっけなく答える。
同時にイギリスが「な……何もしてないんだからなっ!」と言わなくていい事を言ってしまった。
…あーあ。なんかフランスのいらないスイッチが入ってしまったのを嫌々ながら視覚で確認する。
この人イギリスをからかうのが趣味みたいなもんだから、いらないこと言わなきゃいいのに。
そんなことを思いながら半分以上とけてるアイスを口に含みつつ眺めていると、案の定彼はイギリスを見てによによと笑った。
「そんな反応したら何かあったって言ってるようなもんだろ?アメリカに渡すとこ邪魔して悪かったなあ。でも漸く本命に渡す勇気が出るとはおにーさんちょっと意外」
……何言ってるんだろう、この人は。
作品名:Milk Chocolate 作家名:叶 結月