Milk Chocolate
俺が本命のわけないだろう。単純に彼の中で恋人より家族が重要、という比率が存在しているだけなのに。
それをわかっててからかうんだから、フランスもたいがいよろしくない性格をしてると思う。
呆れて思わず突っ込む気力もなくしている俺の前で、瞬く間に顔を赤く染めたイギリスが、大きすぎる声で怒鳴った。
「なっ、な……なななな何言ってんだよ俺がこいつにやるわけねーだろ、ばーか!ばーか!」
…言ってる内容は予想通りだけど、実際に言われると腹立たしいのは何故だろう。
それでもによによ笑うのをやめないフランスに、イギリスが大事そうにチョコを抱えて言い放つ。
「こ、これは……その…そうだ、日本にやるんだ…!」
「――ふうん、日本も災難だね。君なんかのチョコを貰うはめになるなんてさ」
持っていたスプーンが曲がった気がしたけど、そんなことに構ってられないくらい嫌なことを言われて、自分の中で何かがキレた。
ああ、兄弟っていう家族が大好きなイギリス。
ついさっきまで弟だった俺にいそいそとチョコをやろうとしてたくせに、あっさり君のお友達にあげるって言い放てるなんて。
…わかってる、元々きっと日本の為に作ったんだろう。
俺宛てでないことくらい最初から承知していたさ。
だけどさすがに俺だって、今のは面白くはないんだよ。
「バレンタインに友人のお腹までその兵器で壊す気かい?本当に彼のことを思うならあげない方が親切ってもんだと思うね。君の場合」
「な……っ」
我ながら心底嫌そうな声を自覚しながらそう言うと、見る見る間にイギリスの瞳に涙がたまる。
悔しげに顔を歪ませるのを見て、去年の繰り返しなのかと思うと、そんな自分にも心底嫌気がさした。
――ああ本当に去年に引き続き、最悪のバレンタインだ!
「ホントのことだろう?君のまっずいチョコなんて誰も欲しがらないよ」
「っ、まずいまずい言うな、馬鹿!んなもん食ってみなきゃわかんねえだろ?!食ってみろよ!」
「はっ、冗談じゃない」
イギリスが憤って綺麗にラッピングされたそれを押し付けてくる手を、思い切り振り払う。
イギリスのチョコを誰にも渡したくなかったのは真実だが、こんなものを受け取る気はない。
誰が貰うものか―――目の前で他の男にやると宣言された、他の男の為のチョコレートなんて。
「死んでもいらないよ、君のチョコなんて」
パンと高い音を立てて振り払った手からそれが離れ、生徒会室の床に転がった。
俺の言葉に硬直したように目を見開く彼と、叩いたせいで赤くなった手が俺の視界に入る。
床を擦るように勢いよく転がったチョコレートは生徒会室の入口まで転がって―――ちょうど開いたドアから踏み出された足の、下敷きになった。
「え――」
ぐしゃり、と無残な音を立てて踏みつぶされたのに、部屋中の空気が凍りつく。
驚いて顔をあげたその先には、部屋に入った途端踏んだものに固まる生徒会メンバーのセーシェルの姿。
「……えっと、私…これ、何踏んじゃったんですか、ね…?」
シンと凍りついた空気に何かを察したのか、ひきつった顔でセーシェルがそう言った途端、イギリスが無言で駆け出した。バタバタという足音を立てて走り去ったイギリスの目に見えたのは、今にも零れそうな程いっぱいためた涙の存在。
「…セーシェル、それ貸して」
未だ踏ん付けたままのセーシェルにそう言うと、慌てたようにセーシェルがそれから足を退ける。
俺はつかつかと無言で歩み寄り、それを拾って―――包装紙を破り捨てて、中のチョコレートを取り出した。
「おい…?」
確かに踏んでしまっただけあって、大きかったチョコは無残にも砕け散っている。
何か書かれていたらしいチョコレートの文字は見えなくて……それを見つめながら、無言で砕けたチョコレートを口に含む。
「アメリカ…!?」
「アメリカさん!?」
二人が何か言うのも無視して砕けたそれを無言で一人で食べつくす。
残ったのは僅かなチョコの粉と破り捨てた包装紙、そして綺麗な緑色のリボンのみ。
「貰ってくけど、いいよね」
こくこくと何も言えずに頷く二人を後目に、リボンと破り捨てた包装紙を片手に部屋を出る。
――確かに彼がああいっただけあって、去年に比べたら格段に美味いチョコレートだったと思う。
勿論普通のレベルには程遠いけれど。
…少し色々予定は違ったけれど、今年も彼のチョコは誰にも渡さないってのはクリアした。
本命じゃないのは気に食わないけれど、それでも…他の奴に渡すよりは万倍いい。
砕けたチョコにUSAの文字が見えた気がしたのは、きっと都合のいい幻想だろう。
甘いどころか今年も苦いバレンタインで、今日この日が甘くなる日はまだかなり遠そうだ。
そんなことを思いながら、俺はジャケットに緑のリボンを押し込んで、人通りのない廊下で一人そっと笑った。
作品名:Milk Chocolate 作家名:叶 結月