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Warp.

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久々に会った君を、俺は知らなかった。





「渋、沢?」
ゆっくりと、半信半疑なその声色は、ともすれば自分を一気に記憶の奥へ引きずり込む声だった。
記憶の奥の奥。無理矢理押しやっていただけで、実のところ俺はその声をついぞ忘れたことは、無い。
そしてこれからも一生忘れることは無いのだろうとも思っていた。
だけれど悲しい真実は、記憶は変らないまま大切にすることは出来ても、現実は変ってゆくのだという事。





記憶の奥を一気に掘り返してくれたその声は、自分の耳に残っていたそれ―――不自然なまでの落ち着きはそのまま、ただ―――僅かに低い音色を多く含んで。
その記憶との間に横たわる時間と言うものの残酷さを瞬時に解した頭の中に甲高い警告の音が鳴り響いた。
ああ、あの審判たちが眉を吊り上げ片手を挙げて鳴らすそれよりも何倍もの警鐘。
反応してはいけない。
振り返っては、いけないと、そうどこか冷静に考えるのに。
体はあっけなく欲望のままに動いた。
ずっとずっと求めていたのだ。
会いたかった。
「不破君・・・。」





バルセロナの古い道を歩けば、近代的なイメージとは裏腹に昔ながらの大道芸人たちが所狭しと並び思い思いの個性をアピールしている。
初めて訪れたとき、てっきり老紳士の銅像だと思っていたものが夕暮れと共に帰り支度を始めたのには声をあげて驚いた。
世界の様々なスポーツの、世界有数の拠点のひとつであり、過去にオリンピックまで行われた都市。エンターテイメントの王国ともいうべき土地だった。
そんな通りから暗い石畳の路地に入ったカフェの中で、不自然な日本語、不自然な日本人。
事実、自分達の日本人らしい風貌はこんな地元に愛されるようなカフェの中では浮いていて、ちらちらと視線を集めていた。
そして、この不自然な、再会。
不破と自分の人生は、もうすれ違う事さえないのだと思っていたから。





背も伸びて、黒いスーツを着て、胸元は緩めた黒いネクタイ。
身に付けるものはむしろ地味で、整ってはいても派手な容姿ではない。しかし、彼には不自然と言う言葉がぴたりと当てはまる。纏う空気が、とでも言うのだろうか。
その要因もありすぎてどれがどうと言えないのだ。
世界でも有数な財閥の一族に生まれ、家族は皆が世界中で活躍する技術者であり、彼自身も類まれなる頭脳に恵まれて。
それから―――自分にはこちらの不自然さの方が良く理解出来る。
俺にとっては物心付いたときから追いかけていたそのまま、今もまだ上を、運よく世界を、・・・更なるどこかを追いかけている。
白と黒の、緑に映える美しいボール。
サッカーという競技を、彼は中学の2年まで知らなかったと言っていた。
知って、初めて経験したポジションは自分と同じゴールキーパー。
数週間もしないうちに俺の母校となった学校の当時のエースのシュートをPKで止めてみせたという。
本気を出してはいなかったけれど、手を抜いたわけでもない、と言って聞かせてくれた後輩の嬉しそうな笑顔を見て、どんなヤツかと思っていたら、・・・彼から会いに来て。
その出会いが最たる不自然じゃないだろうか。
仕組まれてでもいたかのような不思議な出会い。

その巡り会わせを運命だと信じていた頃もあった。





脳裏を駆け巡る過去の景色がぷつりと途切れ、まばたきをしてもう一度目の前の男の名を呼んだ。
もう少年ではない、男。

「不破君。」
呼んだのは恐らく確認のため。
だって、今のこの状況はあの時に匹敵する。不思議で不自然に溢れた、再会なのだ。

「久しぶりだね。・・・驚いた。」
「あぁ、俺も驚いている。何年ぶりだろうな。」
何年ぶり、
そんな定型句をいつの間に覚えたのだろう。
酷く優秀で不器用で正直だった不破君なら、きっと会うことがなかったその期間をわざわざ1日たりとも間違えずに答えてくれていたと思う。
俺の中の不破君は、そこで止まっているから。
「そうだね。いろんなことがあって・・・。」
思い出せないかな。最後にあった日のことなんて。
そんな皮肉を、俺も飲み込んだ。
俺の方こそいつの間にこんなに卑屈に、ましてや不破君相手に、意地悪くなってしまったのだろう。
言葉を飲み込んだ、それはつまり俺は不破君に、皮肉屋だなんて思われたくなかったということで。
・・・良き友人、そのままでありたかった。別れの時だってそれ以上も以下も望まずに。
友人。
その言葉には苦笑せざるを得ないけれど。
それ以上、を望んだ過去があったのだ。
俺は間違いなく彼が好きだった。それから、不破君も、好きだと言ってくれていた。俺のことを。





「?何かおかしいか?」
不思議そうに見上げてくる瞳は相変わらず真っ黒で。
「いや?」
「構わん。言ってみろ。」
否定しながらも思わず笑みのこぼれる俺を見て、不破は不満そうに口を尖らせた。
かくり、と少し小首をかしげる仕草は今度は唐突に懐かしさをまた掘り起こし、だからこんな冗談も出てしまう。
「いや、・・・俺の方が背が高いのは変らないんだなと思ってね。」
「!?」
茶化す、とは言っても本当に思ったことを言うと、不破君は目を見張ってぱくぱくと空気を噛んで、何か言いたそうにしながらも感情的なそぶりは見せず。
だけど俯いて、ひとつ小さく零した。
「・・・バカか。」
昔より少し短くなっただけのこげ茶の髪からのぞく耳が少し赤く染まっていた。
おかしいな。不自然な空気さえ、これじゃ。
まるであのころのよう。





不破君はブラックのコーヒーを手に、俺はサンドイッチのセットを手に、特に言葉も交わさず同じテーブルに着く。
「こちらには、大学の用事か何か?」
服装からして、プライベートはないだろう。黒須さんとの約束くらいはあるのかもしれないけれど。
「ああ・・・黒須大の研究室での論文についてこちらの大学からいくつか講義を頼まれてな。
ヨーロッパ横断中だ。今は、1週間ほどこの近所の大学に行っている。」
「へえ・・・さすが、活躍してるんだ。」
不破が桜上水中学を卒業後、彼のいくつか年上なだけのはとこが会長を務める黒須財閥、その大付属高校に進み、飛び級に飛び級を重ねて異例の若さで教授となり多くの研究者、学生を抱え教鞭をとっているという話はどこからか聞こえていたけれど、何にせよ自分からは遠い遠い、別世界の話でしかない。
それを選んだのだから。
「もう、君の考察を聞かせてもらっても俺にはわからないだろうね。」
『考察』が趣味だと言っていた。
いつも強請って、聞かせてもらっていた。彼も楽しそうに、話してくれていたと思う。
あのころは、意味は解らなかったとしても聞くことに意味があったから。
「・・・物事は、突き詰めれば返って簡単な結論となうことも多い。
お前は大学も出たのだろう?すぐに理解できると思うがな。」
「まあ、俺は片手間になっちゃったけどね。」
「なおさら、だ。」
「買い被らないでくれよ。俺は、」
そこまで言って、言葉に詰まる。またひとつ見つけた不自然。
あの頃は、解らないと言ったら遠慮なくため息をつかれたものだけれど。
作品名:Warp. 作家名:ワタヌキ