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見えない手。

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それはずっと昔から、きっと今も、繋がっている。





黒塗りの明らかに高級とわかる車が一台、桜上水中学校の門を勢い良く通り抜けた。
まだ生徒が残っているどころか、校庭では運動部の生徒達が数多く汗を流している時間帯である。
その幾人かの間を縫う様にスピードを落とさずその車は走りぬけ、生徒達は意味もわからず悲鳴をあげながら逃げ惑った。
かと思うと車はとある部活の行われている開けたグラウンドのど真ん中で半回転しながら急停車した。
日差しの中、渇いた土埃が舞い上がる。
丁度白線と白線のど真ん中に停められた車の後部座席の扉が左右同時にバン、と音を立てて開き、これはまたお似合い、といった風体の黒いスーツと黒いサングラスを身に着けた男が2人、同じ方向に向かって歩き始めた。
黙りこくっていた生徒達はその男達の行き先に気付き、ひそひそと声を交わし始める。
「アレはいくらなんでもやべぇって・・・」
「今度はアイツ何したんだよ・・・」
見る間にその行き先の近くにいた生徒達はその場を離れ始めるが、『行き先』そのものは何一つ、動揺を見せていなかった。
それどころか、右手を軽く顎に添え、落ち着き払った声で小さく呟いた。
「・・・ふむ。そういえば様子を見に来ると言っていたな。」
その声に、数少ない、その場を離れなかった者の一人が不安そうにその人物を見上げる。
「不破君・・・?」
「ああ、気にするな風祭。向こうに行っていろ。」
「でも、」
「水野。」
不審な男達の行き先であり目的と思しき、不破大地は風祭に言っても無駄だと早々に悟り、同じくその近くにいた水野に声をかけた。
不破は手にしていたサッカーボールと、それからすばやい動作ではずしたキーパーグローブを水野に放る。
「すまんな。部員を少々休憩させてくれ。」
「・・・解った。」
水野もポーカーフェイスこそ保っているものの、その心中は風祭と変らない。
いいのか?とも不安を視線に込めるが、めずらしく謝罪し、そして自分を頼っている不破を、水野は信じることにした。
風祭の背を押すように、不破から離れる。そしてもう一人、そこに残っていた者に目配せをした。
「なんなら加勢したるで、センセ。」
その目配せを受け流し、佐藤成樹は緊張感なく腕を頭の後ろで組み、不破に向かってにやりと笑ってみせた。
「必要ない。」
「さよか。」
そう肯くと、佐藤もあっさりと不破から遠ざかる。
佐藤に関して言えば、不破に心配はいらないと考えていた。





サッカーゴールの白い鉄枠の前で腕組みをして仁王立ちする不破の目の前に黒尽くめの男達が並ぶ。
不破は中学生にしては背の高い方ではあるが、それでも少年らしくまだ薄く、細い体つきをしている。
黒いジャージとTシャツが逆に不破の腕を白く、細く見せていた。
対峙する男達は2人、糊の利いたスーツの上からでも屈強な体つきだと解る。
しばらく不破は2人を見上げ、男達は不破を見下げていた。

先に動いたのは、不破から向かって左側に立つ男だった。
容赦なく繰り出される拳を、その瞬間に不破は重心を下げ足の踏ん張りを強めながら左腕を顔の横でくの字に曲げ、振り払うように見事に防御した。しかしその反動は強く、一瞬眉を顰めたがそのまま力任せに不破は大きく体を回転させ、殴りかかってきた男のわき腹を右足で強く蹴り飛ばす。そして男がバランスを僅かに崩したうちに更に深く腰を落とし、懐に入り込んで両手を組み、右腕の肘を強く男のみぞおちに突き当てた。
男が1,2歩よろけて後ずさった。
予想出来ない光景に黙りこくるサッカー部の面々の中、佐藤だけがひゅう、と声をあげる。
しかし今度はその不破の背をめがけてもう一人の男の左膝がすばやく繰り出されていた。
肩甲骨の間に直撃し、ぐ、と前のめりになるが不破はそのまますばやくしゃがみこみ、地面に手をついて今度はその男の軸足を蹴り払った。
当然その男は後ろに倒れ込みそうになるが―――浮き上がる軸足で不破の顎を蹴り上げた。
その衝撃自体はそれほど強いものではない。が、しゃがんでいたためにしりもちを着いた不破の無防備になった一瞬を狙って、いつのまにかまた迫って来ていたもう一人の男の腕が伸び、不破を地面に叩きつけようとしたが、すんでのところで不破が飛び退き、それをかわした。
間合いが開き、つかの間のけん制の時間が流れる。
「肩、狙うとんな。」
そう小さく呟いたのはやはり佐藤だった。
「え?」
風祭が佐藤を振り返る。どうして?という疑問を込めて。
「知らんけど、なんや不破センセも腕あんま使うてへんし。
いっちょ前に怪我したらあかんって思てんのか。えらい進歩やん。」
「今そんな事言ってる場合じゃ・・・」
そう言っている間に、不破を2人の男が挟むように追い詰める。
緊張が走る、しかし不破の目の隅に、校舎から飛び出してくる教師たちの姿が見えた。
早く決着をつけなければ騒ぎになる、と不破の脳裏にちらりと焦りがよぎる。すでに十分な騒ぎだが、なかなか不破の感覚は型に当てはめられないのだ。
どうするか、と考える不破の隙を、男達は狙った。
「ッ・・・!」
がしりと不破の両腕を羽交い絞めにする。間髪いれず、不破の前にいた男が勢いをつけた拳を放った。
「不破君ッ!!」
「心配いらんて・・・わざとや。」
佐藤の言葉通りか、小さく口角を吊り上げた不破は羽交い絞めにされたまま勢い良く地面を蹴り―――拳が届く前に男の胸を強く蹴り飛ばし、そのままもう片方の足をふわりと浮かせたと思うと、少し屈む体勢になったその男の脳天を踵落としの要領で地面に垂直に蹴りこんだ。
と思うと、その反動を利用して逆立ちをするように不破の体全体が弧を描くように浮き上がる。
不破の腕を羽交い絞めにしていた男はたまらずバランスを崩し、膝ががくりと落ちる。不破はそのままバック宙するようにふわりと地に下りた。
その身のこなしに歓声さえ沸きかけた。が、不破はそこでもうひとつの気配に気付く。
2人の男に気を取られ、それまでそのまっすぐ近づく足音にも気付かなかった。ギャラリーも不破を見ていたためにそれまで気付かなかった。
が、車から降りてきたもうひとつの気配。
それは最初の2人とは違い体格も不破より少し背が高いのみで荒々しさもないが、不気味なほど落ち着いていた。
ひとつにまとめられた長い黒髪をグラウンドの風になびかせている。
不破はもう目の前の男達が自分に向かってこないこと、これないことを悟り、拳は構えずにその凄然とした気配の方を振り返った。
「やはりお前だったか。黒須。」
不破が驚く様子も見せず、落ち着き払ったようにそう自分に語りかけたのを黒須京介はただ鼻で笑った。





黒い服の男達は車へと戻ってゆき、その代わり車の運転席のドアが開く。
そして出てきた男は柔和な笑顔でまずサッカー部の面々に深々と頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ございません。不破大地さまのはとこにあたる黒須と、私はその秘書をしております志喜屋と申します。」
「・・・へ?」
「は・・・とこ?ってえーと・・・」
「そういえば・・・」
と、向かい合う不破と黒須を見やって、サッカー部の面々は、似ている、むしろそっくりだとそれぞれに呟いた。
作品名:見えない手。 作家名:ワタヌキ