見えない手。
だがチームメイトの中に埋もれて、守られて、それをどう受け止めていいのかわからず縮こまってしまっている先のはとこの姿を、黒須は脳裏に浮かべ、目を閉じた。
「変な気分だな。」
志喜屋は黙って、その続きを聞いた。
「私は今もどこかで大地は私のものだと思っている・・・。この矛盾は認めよう。しかし、
―――なんというのだろうな、この気分は。」
グラウンド隅の芝生の上に腰を着いて良く冷えたドリンクを飲みながら、佐藤は不破を小突き回していた。
「っにしてもセンセがまさかあんな強いとはなぁーっ?今度助っ人手伝ってもうてんか?」
「シゲ・・・お前まだそんな事やってんのか・・・。」
「ウソウソっ!冗談やんタツボーン?」
「でも確かにすごかったけどな・・・。」
「クラッシャーの真髄を見たよな・・・。」
気が抜けて、一同は言いたい放題である。
不破は自らが話題の中心になることがこれほどもどかしく感じたのは初めてだった。
「・・・もういいだろう。」
思わずそう呟くと、一斉に静かになった。はずだったのだけれど。
「・・・黒須さんが言ってた事、本当?」
風祭が、俯いた不破の横顔をのぞきこむ。
不破はふい、と目をそらしたが、少し考えて顔をあげた。
「間違ってはいない。・・・だが、俺からすれば・・・」
ずっとずっと、ふたりきりだっただけだ。
不破は相変わらずの無表情で、そう結論付けた。
「黒須。お前はサッカーというのを知っているか?」
傷ひとつ見当たらないガラスのテーブルに置かれたチェス盤。
白磁のような駒と鈍く黒光りする駒が静かにその上を行き交う。
そのテーブルを挟み、目線はチェス盤から動かさないまま不破大地はそう問いかけた。
呟きのような問い。
対する黒須京介もまた、チェス盤から目を離さないまま静かに答えた。
「知らないことは無いな。アメリカやヨーロッパ圏など諸外国ではフットボールと呼ぶ。」
ことり、と不破が駒を動かす。
「そうか。」
そう答え、更になぜ黒須にそういった問いを投げかけたのか、説明した。
「ほんの1ヶ月と4日前のことになるがな。サッカーというスポーツを知った。」
今度は黒須がまた、駒を動かす。
秒数を正確に頭の中で数えながら、ことり。
「それで・・・お前の興味に成り得る考察結果は得られたか?」
声に出さずともシンクロするように、不破の頭の中でも秒針が正確に機能している。
「いや・・・まだ考察中だ。」
不破は少し考えるように、左手の指を口元に近づけながら答えた。
「考察対象がサッカーそのもの・・・ではないのだが、時間がかかりそうだ。」
考えるのは、チェスの駒の行方ではなくその現在進行形の考察対象のことである。
「めずらしいな。お前をそれほど迷わせるものだったか?」
黒須は不破の能力を知っている。認めてもいる。
そして何より、黒須は不破のことを誰よりも自分と似た人物であると考えている。
したがってたかがスポーツひとつ、それほど不破の興味を惹くものだとは共感し難かった。
「確かに未知の部分は含んでいる。だから、より高度な考察結果を得るために・・・」
またひとつ、駒を持ち上げながら。
「学校のサッカー部というのに入部してみた。」
そこで初めて、黒須の眉がかすかに反応した。
「・・・そうか。」
だが声色にはそれを出さない。
「それはぜひとも、見てみたいものだな。」
チェスの駒が、盤上を彷徨った。