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「俺もう源田と一緒に昼ご飯を食べられない」

 寮生活の源田の、パンと緑茶という質素な昼ご飯に比べ、自宅から通っている佐久間の弁当はとても豪奢にみえた。佐久間は痩せの大食いなので、弁当箱自体がかなり大きいのである。先程佐久間が口にした言葉を上手く呑み込めずに、源田はパンの咀嚼を止めた。

「忘れた教科書見せて貰うこともできないし、自主練もできないし、部活もできない」

 言葉数の少ない源田が疑問符を浮かべているのを見た佐久間は、半分程残っている弁当箱を閉じて、箸を専用のケースに入れた。少しだけ惜しむような間を置いた佐久間がゆっくりと口を開く。

「俺、転校するから」

 目を瞬かせた源田は眉を寄せた。冗談なのか本当なのか、まずそれからして分からない。

「なあ、源田、『行くな』って……、言ってくれるか?」

 真剣な表情をした佐久間が問うてくる。口内の物を呑み込んだ源田は少しだけ視線を落としながら静かに返した。

「俺の、口出しすることではないんじゃないか」
「………それも、そうか」

 自嘲に似た、悲しげな笑みを浮かべた佐久間はそれ以上その話題を続けなかった。

 源田幸次郎は帝国学園の正レギュラーである、それはつまり彼がGKのトップに君臨しているという事実。ゴールを守る源田は熱く、周囲を取り込んで威風堂堂としている。一変する日常では多くを語らずに理性的な一面を見せている。佐久間はそんな源田の傍にいるのが好きだった。サッカーをしているときには高揚する。日常では安心する。だが時折、相手が見えずに不安にかられる時がある。当に、このような状況。相手は何も言わない。むしろ対象を思ってのことだとは分かっていても、佐久間はそれが不満でもあった。

(少しくらい、悲しそうにしてくれてもいいのに)

 内心の嘆きは相手にぶつかることなく腹の中で渦巻くばかりだった。







「エイプリルフールの嘘だろ、どうせ」

 ロッカーを開きながらそんなことを言い放つ辺見に、源田は今日が四月一日であった事実を知る。だがしかし先程の佐久間の表情を思い浮かべれば気分は沈むばかりだった。

「……引っ越しするのは本当らしいぞ」

 寺門の言葉に、着替えの手を止めた辺見が苦笑いになる。寺門の親と、佐久間の親は仲が良いらしく、家の事情も少し耳に入るらしい。普段から悪戯を糧にしている成神などなら兎も角、四月始めの何の得にもならないイベント毎に乗るとは思えない寺門の言葉の信憑性は抜群に高いのである。

「何でも父親の転勤先が、佐久間の兄さんの留学先と一緒だから、家族毎そっちへ行くらしい。準備は、少し前からもう始めているみたいだ」
「留学、?って」
「それはまあ、外国だろうな」
「まさか、本当、?」

 静まりかえる室内で、源田の閉めたロッカーの音だけが異様に大きく響いた。



**



「さんじゅうしち、さんじゅうはち、さんじゅうきゅう……」

 佐久間はよく数を数えている。グラウンドにいる生徒の数、雲の数、窓の数、走る赤い車の数。余計な物を省いて集中力を高めるためだと言いながら。特別棟の最上階、階段の行き止まりとなっている踊り場で、窓枠に張り付きながら何かを数えている佐久間の声を聞きながら、源田はいつものように質素な食事をとっている。源田は無邪気に声をあげる佐久間を愛おしいと思っていたし、その少年と青年の間の独特な音程の声に心地よさを感じていた。

「よんじゅうし、よんじゅうご、よんじゅろく、……よん」

 突然戻った数。突拍子のないことをし始める佐久間に慣れていた源田は特に反応することはなかったが、流れ続ける沈黙の先、とうとう相手を見上げる。窓に張り付いたまま、佐久間は視線すら動かしてはいない。彼にしては珍しいように思える、無表情で。精巧な人形のような美しい容貌はその瞬間、人間らしさを欠いていた。

「よん、あと四日、あと四日は、源田と一緒にいられる。あと四日しか、一緒にいられない。なあ、源田」

 振り返った佐久間が窓からの光を背後に受けて逆光になっている。柔らかい光は彼を優しく包み込んでいるようだった。

「『寂しい』って、言ってくれるか?」

 開きかけた唇を引き結んだ源田を眺め、佐久間は笑みを漏らす。

「よんじゅうしち、よんじゅうはち……」

 その後反転して数字を数え始めた佐久間。声を聞きつつ源田は瞳を伏せた。



***



「源田、いいのか?」
「何がだ」
「何が、って」
「俺にはどうすることもできない」
「……今日で最後なんだろ……?明日は休みで、明後日にはもう佐久間は帝国に来ない」
「なら聞こう。俺はどうしたらいい」
「………………お前、相当きてるな」

 普段と変わらない態度をしているつもりだった源田は僅かに眉をひそめた。咲山はそれ以上言及することなく溜息を漏らして、着替えを済ませ短い挨拶をしてロッカールームを出て行ってしまった。自主練習が長引いた佐久間以外、もうサッカー場には誰も残っていないだろう。シャワーを浴び終えた佐久間が出てくるまで、源田はぐるぐると止まらない思考と対峙していた。

「ひゃくさん、ひゃくよん、ひゃくご、」

 瞬間的に鮮明になった意識で聞いたのは、覚えのある佐久間の声であった。いつの間にか手放していた意識その事実を理解した時、既に制服に着替え終わっていた佐久間が長椅子の源田の隣に座りながらゆっくりと数を数えていた。

「ひゃくはち、ひゃくきゅう、ひゃくじゅう、ひゃくじゅういち、いちいちいち、俺たちの番号だな」

 源田の視線に気付いていたらしい佐久間は、ロッカーの方へ視界を向けたままそんなことを言い放った。その数に満足したらしい佐久間が立ち上がり、手元の鞄を取り上げる。

「帰ろうか」

 その促しに源田も緩やかに立ち上がった。

 帝国の寮へ行くのと、佐久間の家方面への出口へ向かうのは同じ方向なので、二人は帰路を共にしていた。帝国学園内は広い。寄り道と称して、唯一帝国敷地内にある草木の生い茂る道を通りながら、沈む夕日の落とす影を踏みしめた。学校自体が休みだったので今日は一日フルの練習だった。流石に疲れているであろう佐久間は、それでも足取り軽やかにレンガ道を踏みしめていた。

「荷物は、まとめたのか」
「んー半分はもうあっちに送った。もう半分はなかなかまとまらないんだよな……捨てる物とか沢山あるし」
「明日は」
「色色あるみたいなんだよな……引っ越しって面倒だ。あ、源田、何かくれないか?」
「?」
「欲しいだろ、何か!帝国の制服、ボタンじゃないもんな……何がいいかな……」
「……………」

 あれこれと案を出していく中、佐久間はまともな意見を出さなかった。考えあぐねた源田が少し前を歩く佐久間を眺め、分かれ道が見えるところまで来たとき、勢いよく振り返った相手が目を輝かせて言った。

「グローブ!グローブくれよ、片方!」
「………構わないが……」
「いいのか?!仕事道具だからって断られると思ってたのに!」