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タナトスあるいはヒュプノス

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―タナトスあるいはヒュプノス―

久しぶりに東方司令部のあるイーストシティーの駅に、目立った容貌の二人が降り立った。
きらきらと日差しを弾く金髪を三つ編みにして、赤いコートを翻す小柄な美少年と、ニビ色をした鎧に身を包んだ大柄―中身はなく、魂の年齢でいえば少年。精神的には兄より大人―な姿。
中央のセントラルでも有名な、鋼の錬金術師とその弟の姿に、駅構内にいた人達は暖かい目を向けた。

「あ〜〜。座りっぱなしでケツが痛ぇぜ」
少年―エドワードは、ホームでストレッチを開始した。
「兄さん、そんな処でやってたら皆さんの迷惑だよ」と、大きな体を屈めて兄を諌めると、周囲にペコペコと謝る。
「んな事言ったって、丸一日汽車に乗りっぱなしだったんだぜぇ。あちこちギシギシしてんだよ。しょーがねぇだろ?!」
エドワードがむきになって反論してくる。

兄の機嫌が下降の一途を辿っているのは仕方ないといえば仕方ないのだ。
彼らの探し続けている「賢者の石」に纏わると思われる情報を手に入れて南のはずれまで出向いたのだが、結局、空振りに終わってしまったのだから。
おまけに報告の義務がある限り、後見人でもあるこの東方司令部司令官、ロイ・マスタングの許へ出向かなければならないのだ。虚しい結果であったとしても・・・。
これで兄の機嫌が良くなろうはずもない。

「あ〜〜あ、面倒くせぇ〜〜。あの嫌味な上司の面を拝みに行かなきゃなんねぇなんて、俺は何て可哀想な少年なんだぁ―――?」
「はいはい。その上司にしても、あちこちで暴れる部下に頭が痛いと思うよ」
「アル!!お前、どっちの味方なんだっ!!」
「僕?僕は正しい人の味方で―――っす」
あっけらかんと言われ、エドワードの眉間にしわが寄る。
これ以上下降させるとブチ切れかねない兄から逃れるために、アルフォンスはサラリと言葉を続けた。

「僕はいつもの宿を取っておくから、兄さんは司令部に報告に行ってきてね。はい。報告書。じゃ、いってらっしゃい。気をつけて」
と、トランクの中から封筒を取り出して兄に押し付け、くるりと体を回転させると背中をポンッと軽く叩いて押し出した。
押されてたたらを踏みながらも、弟の言うことが尤もだと腹を括ったエドワードが渋々改札を出て歩いていくのを、アルフォンスはホームで見送った後、兄とは逆の方向へと歩き出したのだった。


司令官室の重厚な机の上にそびえる未決済の書類の山に取り組みながら、この部屋の主たる男の心中は穏やかではなかった。

己が後見をしている錬金術師から連絡が入らなくなって一ヶ月になろうとしている
あちこちで騒動に巻き込まれつつそれを解決している事は、軍および警察関係からの報告を受けてはいるし、南のはずれの村まで行ったらしいとは風の噂で耳にしてはいても、無事な声が聞かれないこの一月は、ロイ・マスタング大佐にとって心がささくれ立ってくる毎日だった。

「何度言って聞かせても定期的な報告が出来ないのは何故だろうな。まったく、親の心子知らずの典型だ」と、愚痴りつつも、“親?子?”と、ふと湧いた違和感に首を捻る。


出会ってから3年。
後見となって既に2年が経過して、己の中でエドワードの居る位置が微妙に変わってきているのを、本人は自覚していた。

粗野でぶっきらぼうな言動ながらも、その明るさや前向きな姿勢に、容姿に、目が離せなくなっている。
少年特有のボーイソプラノが東方司令部内に通ると、一気に明るく華やいだ雰囲気になる。
事件や中央のご老人方の激励と称した嫌味な書類に忙殺されて荒む心が、あの元気な姿を見ると癒されるのだ。
それはロイだけでなく、彼の下に付く部下達も同様である。
まるで春に吹く風のように、少し乱暴だが暗く淀んだ空気を一掃してくれる存在だ。

なのにその声も姿も、ここ一月ご無沙汰である。
そろそろ禁断症状のようにイライラしてきているのを皆が自覚していた。

「いいかげんに、顔を出したらどうなのだ、鋼の・・・」
サインをしている紙をつい強く押さえ過ぎて皺が寄ってしまうし、万年筆に力が入り過ぎてサインが滲む。
「やれやれ、また中尉にお小言をくらうのかな」
ポツリと言いながら視線を上げようとして視界を過ぎった金色に、はっと視線を窓へ向ける。
指令部玄関へ続く道を、頭に描いていた少年が颯爽と歩いて来るところだった。

「中尉!!」
つい、ロイは腹心の部下を呼んでいた。
「はい。何かございましたか?!」
リザ・ホークアイ中尉がロイの叫びがあまりに切羽詰った様子だった事に、慌てて入室してくる。
「直ぐにお茶と菓子の準備を!」
「はぁ?」
「鋼のが・・・、鋼のが帰ってきた」
「まぁぁ、それは・・・」と、怜悧な顔が一瞬で緩んだが、数瞬の後に視線が険しくなった。
「大佐!それだけの事であれ程の叫び声をなさらないで下さいませ。危急の事態が発生したのかと慌てました。エドワード君なら少しの間位待っていてくれます」
「あ・・・、ああ、すまない。そんなに慌てた声だったかね。・・・とは言っても彼はあまりのんびりしてはくれないだろう?なにしろ鉄砲玉の様な存在だから」

「だぁれが鉄砲玉だってぇ?!」

剣呑に押し殺した声が入り口から発せられ、室内にいた二人が揃って入口へと顔を向ける。
中尉が入ってきた時のまま開け放たれていた扉に寄りかかるようにして腕組みをした、黄金と赤と黒に彩られた小柄な姿が室内の―――と言うより、ロイをねめつけていた。
ついつい緩みがちになる表情筋を律すると「君に決まっているだろう?定期報告はしない、あちらこちらで暴れまわっていて、こうしていきなり訪問をするのだからな。鉄砲玉と評して間違いは無いと思うが?」
両手のひらを上にして肩を竦ませるロイに、リザが額に指を当てて軽く頭を振る。
“またエドワード君を怒らせる様な大人気ない真似を・・・” と、その姿は表現していた。
案の定、少年はムッキーと腹を立てる。

「鉄砲玉なら戻りはねえんだよ!行きっぱなしだ!!そうした方がいいならそう言えよ。叶えてやるぜ?!マスタング大佐殿!!おらっ、報告書!!」
エドワードはつかつかと執務机の前まで進むと、机の上に封筒をボスンと叩き付けるように投げ、
「邪魔したな!」と踵を返す。
その機械鎧の右手をロイはすかさず捕らえた。
思いの外強い力で動作と逆方向に引っ張られたエドワードが大きく体勢を崩す。
「おわっ」
「危ない!」
倒れそうになったエドワードを抱きとめたのはリザだった。

「大丈夫?エドワード君」
安堵のため息と共にこぼされた言葉に、転倒を予測して硬くなっていた身体から力が抜ける。
「う・・・うん。ありがとう、中尉」
照れたようなバツの悪そうな表情でエドワードがリザに言う。
「どういたしまして。上司のせいでエドワード君が怪我でもしたら大変ですもの。でもね、エドワード君。そんなに直ぐに帰ろうだなんてしないでちょうだい。とっておきの美味しい紅茶を淹れるから、それまでここに居てくれないかしら。半月前にオープンしたドーナツ屋さんの新作もあるのよ。食べるでしょ?」
やさしく笑いかけるリザに、エドワードが薄っすらと頬を染めて頷くと、姉弟のように視線を合わせて微笑みあう。