夏の終わりの大事件
そうは言っても、やはりフェリシアーノのことが心配らしく、ルートはしっかりと彼の肩を抱きかかえるようにして支えながらゆっくりと歩き始めた。
静かな病院の廊下は、時間帯のせいもあるのか、あまり人気もなく、別世界に迷い込んだようにしんと静まり返って、二人の靴音だけがやけに響いている。
──いつもおしゃべりな奴がやけにおとなしいが、本当に大丈夫なのか?
ルートがそう思った瞬間、案の定、フェリシアーノがよろけて倒れそうになった。
「ああ、だから無理するなといったろう!」
ルートは驚くぐらい素早く、倒れ掛かるフェリシアーノを支えたかと思うと、背中とひざの後ろに腕を回して、あっという間に彼を抱き上げてしまった。
「ヴェー・・・ありがとう、ルート。・・・迷惑掛けちゃってごめんね・・・」
いつもどんな時でも元気一杯のフェリシアーノらしくもない言葉だった。顔を見ると、驚いたことには、もう目に涙が溜まっている。ルートは少しあわてて、
「フェリシアーノ、気にするな。こんなこと、迷惑でも何でもないぞ」と答えた。
「だって、俺はお前の事が・・・その・・・・・・なんだ、す、す・・・き・・・なんだからな」
終わりの方はかなり小声になったこともあり、フェリシアーノは分かっていたが、わざと聞き返した。
「・・・えっ?ルート、今なんて言ったの?」
その瞬間、青白く元気のなかったフェリシアーノの頬にかすかに赤みが差して、目が輝くのがルートにも見て取れた。
「・・・ああ〜もう、何度も言わせるんじゃない!その、お前が好きだ・・・と言ったんだ、分かったか!」
ルートの方は、顔に赤みが差したどころの騒ぎではなく、すでに真っ赤になって、大汗をかいている最中だった。
「嬉しいであります、隊長!」
「ああもう、このままさっさと帰るぞ!」
──そんな二人の幸せそうな後ろ姿を見送っていた人間が、院内に一人二人ではなかったことにルートが気が付くのはもう少し先のことになる。
さてその夜。
ルートはフェリシアーノを彼の自宅まで自分の車で送っていったが、そのままおいて帰るのも心配な為、その日は様子見も兼ねて彼の家に泊まることにした。
自宅にはローデリヒとギルベルトがいたが、それぞれにルートからメールが送られていた。
文面はごく簡単なもので、用件のみだった。曰く、
緊急案件が発生した為、今日は帰れないが、心配する必要はない。
戸締りには気をつけるように。
ルートヴィッヒ
自室でメールに気づいたギルベルトは少し顔をしかめた。
「・・・全くどんな緊急案件なんだか、ルッツのやつ。俺が何にも知らないとでも思ってるのか?まあ、いいけどな・・・」
そういいながら、先ほど軍関係の知人から届いたばかりの写メを開きなおした。
そこに写っているのは、フェリシアーノをお姫様抱っこして、幸せそうに軍の病院棟の廊下を歩いていくルートの姿だった。