Parfum
箱一杯に詰めたシュークリームとエクレアを胸に抱え、フランシスが笑顔でベルを鳴らした。
ルートヴィッヒは喜んでくれるだろうか?わくわくと胸躍らせ彼の対応を待つ。
「ルート、お兄さんだよ~!今日はルートの喜ぶもの持ってき…」
ドア越しに声を掛けると、バタバタと騒がしい足音が中から聞こえて来た。フランシスが首を傾げる。
「フランシス?!ちょっと待っ…ああっ!」
ドアノブに手を掛けた。鍵はかかっていない。フランシスは不穏に思いながらゆっくりとドアを開けた。
とたん、自分の顔面に飛び掛かる異形の物体。フランシスは思わず胸に抱えていたケーキの箱を放り出した。
「き、きゃあああ?!」
女性のような悲鳴と共にフランシスが玄関に倒れ込む。異形の物体は茶色の胴体に長い尾をぶんぶんと振っていた。
顔を舐めまくる長い舌。濡れて貼り付いた体毛。これは紛う事なき…
「あ、あはは…アスター、じゃない」
ルートヴィッヒが飼っている犬のアスターがフランシスにのし掛かる形でじゃれつき顔を舐めまくっている。
どうやら入浴中だったようで、彼(?)の体はずぶ濡れだった。
「ルート、珍しいね。逃げられちゃったの…って、ああああ!!!」
アスターを除けて体を起こしたフランシスが思わず叫び声を上げる。上半身裸で濡れたままのルートヴィッヒが、頭からケーキの箱を被っていた。
もちろん中に入っていたシュークリームとエクレアは見るも無惨な姿になって彼の体や床に散乱している。
箱の中からルートヴィッヒが「うううう…」と低い唸り声を上げた。
「ルート!ルート!ちょっと大丈夫?!ああ!ダメよベルリッツ!それは犬用じゃないから舐めちゃらめぇぇええ!」
バタバタとフランシスが急いでルートヴィッヒの元に駆け寄り箱を取り除く。
ルートヴィッヒの顔は白いクリームと茶色のシュー生地にまみれていた。
フランシスがお菓子の残骸に惹かれる犬たちに「ハウス!」と強く命じ戻させる。視線をルートヴィッヒに戻しあわあわと慌てた態度で彼を見た。
「あああ、ゴメンねルート。どどど、どうしよう。あああゴメンゴメン…!」
子犬のように震えるフランシスに、顔のクリームを拭ってルートヴィッヒが溜息を付く。「大丈夫だ」と短く言った。
「アスターを乾かしてやってくれないか?…俺はシャワーを浴びる」
あああ、そうだよね?!とフランシスが立ち上がる。駆け足で犬の元へ走る彼の後ろ姿を見ながらルートヴィッヒは小さく肩を竦ませた。
アスターを乾かし綺麗にブラッシングをして、他の二匹の猛烈な構ってアタックを喰らいながらフランシスはルートヴィッヒが戻ってくるのを待った。
部屋の中に甘い匂いが充満する。ああ、床掃除していない。フランシスがしょぼんと肩を落とす。
ごつくて厳ついムキムキな青年が実は甘い物が大好きで、チョコレートの年間消費率世界一だと知っているフランシスは、ケーキが上手に焼けると喜び勇んで彼の元に持ってきていた。
ルートヴィッヒはフランシスの持ってくるケーキを本当に美味しそうに食べるので、フランシスはそれが嬉しくてたまらなかった。
それを迷惑と考えたことはなかったし、ルートヴィッヒもいつも嬉しそうだったから、そうやってケーキを持ってくるのは自然のことだと思い込んでいた。
ああ、でも相手の都合とか、今何をやっているとかそういうことを考えれば良かった。フランシスが溜息を付く。
――― 今日焼いたシュークリームとエクレア、すごく美味しくできたんだけどな。
床に散乱する残骸を横目でちらりと見つめる。もちろんルートヴィッヒや彼の愛犬たちが悪いわけではないのだけれど。
カチャリと音がして、ルートヴィッヒがシャワールームから出てきた。先ほどとは違って今度はちゃんと服を着ている。愛犬たちが彼の元に駆け寄ろうとするのを、ルートヴィッヒは一喝し制した。
「ダウン!」
三匹がぴたりと制止して伏せる。ルートヴィッヒは頷くと「ハウス」と静かに言った。すごすごと犬たちがゲージに戻る。
置いて行かれる形でその場に留まるフランシスに、ルートヴィッヒが笑いかけ「すまなかったな、相手をさせて」と言った。
フランシスが首を横に振る。
「ううん、全然!あの子達すごく頭が良いし素直に言うこと聞くから何の苦労もないよ」
そうか?と小首を傾げルートヴィッヒが掃除道具を出す。フランシスも立ち上がり掃除を手伝うことにした。
床の掃除をしてモップを掛ける。綺麗になったその場を満足そうにルートヴィッヒは見つめていた。
それと対照的に肩を落とすフランシス。仕方ないのは分かっているけれどケーキの残骸はゴミ箱行きだ。
ケーキの甘い香りだけが微かに室内に残っている。
ルートヴィッヒがモップを片付け、淋しそうにしているフランシスに声を掛けた。
「コーヒー…飲むか?」
フランシスが「…うん」と力なく頷く。ルートヴィッヒが困った、と眉尻を下げ、コーヒーを入れに台所に向かった。
ソファーに座りフランシスが天井を見上げる。本当なら今頃ルートヴィッヒが美味しそうにシュークリーム頬張ってるはずなのになー、と心の中で愚痴った。
彼は満面の笑みでケーキを食べている。
そして、本当に嬉しそうな顔で「美味しいよ、フランシス」ってお礼を言っている。
俺はその顔を見ながら「当然さ、ルートのことを思って作ったんだからね」ってウインクをして、ルートヴィッヒは恥ずかしそうに頬を染めて、それで…
目を閉じめくるめく妄想の世界に旅立とうとするフランシスにルートヴィッヒが怪訝そうな顔をする。
「…おい、フランシス?大丈夫か?」
その声にはっとフランシスが我に返った。口元から垂らしそうな涎を拭い、乾いた笑い声を上げる。
「あ、あはは、はは…。な、何でもないよ?!変な想像してないよ!ルートのこと美味しく頂いたりしてないから!」
ぶんぶんと右手を顔の前で振り聞かれてもいないことを否定する。ルートヴィッヒは怪訝そうに眉を寄せ首を捻った。
「ああ、うん…?」
コーヒーを手渡し、ルートヴィッヒがフランシスの横に座る。フランシスは曖昧な笑顔を浮かべたままルートヴィッヒを見た。
ルートヴィッヒがすまなそうに肩を竦ませ「すまない」と呟く。フランシスが不思議そうに彼を見つめると、ルートヴィッヒは視線を外して俯いた。
「せっかくフランシスがお菓子作ってきてくれたのにダメにしてしまった。…ごめん」
彼の謝罪にフランシスが「そんな!」と声を上げる。ルートヴィッヒの肩に触れ、彼の顔を覗き込んで言った。
「違うよルート!悪いには俺の方だ。最初に電話して予定を聞いておけば良かったのにいきなり訪問しちゃって…。アスターの熱烈な歓迎だって、お兄さんすごく嬉しかったんだよ?そりゃ、ケーキがダメになってしまったのはちょっとガッカリだけど…そんなのはまた作ればいいじゃない」
にこり、と明るい笑顔をフランシスが向ける。ルートヴィッヒはまだ眉尻を下げたまま「だが…」と言った。再び俯き、呟く。
「フランシスのクーヘン…俺だって、食べたかったんだ…」
反省や謝罪ではなく後悔の言葉。フランシスはきょとん、と彼を見つめ、それから思わず吹き出した。
「あは、あははは!いやだなー、もー!ルートってば本当に可愛いんだからー!」
ルートヴィッヒは喜んでくれるだろうか?わくわくと胸躍らせ彼の対応を待つ。
「ルート、お兄さんだよ~!今日はルートの喜ぶもの持ってき…」
ドア越しに声を掛けると、バタバタと騒がしい足音が中から聞こえて来た。フランシスが首を傾げる。
「フランシス?!ちょっと待っ…ああっ!」
ドアノブに手を掛けた。鍵はかかっていない。フランシスは不穏に思いながらゆっくりとドアを開けた。
とたん、自分の顔面に飛び掛かる異形の物体。フランシスは思わず胸に抱えていたケーキの箱を放り出した。
「き、きゃあああ?!」
女性のような悲鳴と共にフランシスが玄関に倒れ込む。異形の物体は茶色の胴体に長い尾をぶんぶんと振っていた。
顔を舐めまくる長い舌。濡れて貼り付いた体毛。これは紛う事なき…
「あ、あはは…アスター、じゃない」
ルートヴィッヒが飼っている犬のアスターがフランシスにのし掛かる形でじゃれつき顔を舐めまくっている。
どうやら入浴中だったようで、彼(?)の体はずぶ濡れだった。
「ルート、珍しいね。逃げられちゃったの…って、ああああ!!!」
アスターを除けて体を起こしたフランシスが思わず叫び声を上げる。上半身裸で濡れたままのルートヴィッヒが、頭からケーキの箱を被っていた。
もちろん中に入っていたシュークリームとエクレアは見るも無惨な姿になって彼の体や床に散乱している。
箱の中からルートヴィッヒが「うううう…」と低い唸り声を上げた。
「ルート!ルート!ちょっと大丈夫?!ああ!ダメよベルリッツ!それは犬用じゃないから舐めちゃらめぇぇええ!」
バタバタとフランシスが急いでルートヴィッヒの元に駆け寄り箱を取り除く。
ルートヴィッヒの顔は白いクリームと茶色のシュー生地にまみれていた。
フランシスがお菓子の残骸に惹かれる犬たちに「ハウス!」と強く命じ戻させる。視線をルートヴィッヒに戻しあわあわと慌てた態度で彼を見た。
「あああ、ゴメンねルート。どどど、どうしよう。あああゴメンゴメン…!」
子犬のように震えるフランシスに、顔のクリームを拭ってルートヴィッヒが溜息を付く。「大丈夫だ」と短く言った。
「アスターを乾かしてやってくれないか?…俺はシャワーを浴びる」
あああ、そうだよね?!とフランシスが立ち上がる。駆け足で犬の元へ走る彼の後ろ姿を見ながらルートヴィッヒは小さく肩を竦ませた。
アスターを乾かし綺麗にブラッシングをして、他の二匹の猛烈な構ってアタックを喰らいながらフランシスはルートヴィッヒが戻ってくるのを待った。
部屋の中に甘い匂いが充満する。ああ、床掃除していない。フランシスがしょぼんと肩を落とす。
ごつくて厳ついムキムキな青年が実は甘い物が大好きで、チョコレートの年間消費率世界一だと知っているフランシスは、ケーキが上手に焼けると喜び勇んで彼の元に持ってきていた。
ルートヴィッヒはフランシスの持ってくるケーキを本当に美味しそうに食べるので、フランシスはそれが嬉しくてたまらなかった。
それを迷惑と考えたことはなかったし、ルートヴィッヒもいつも嬉しそうだったから、そうやってケーキを持ってくるのは自然のことだと思い込んでいた。
ああ、でも相手の都合とか、今何をやっているとかそういうことを考えれば良かった。フランシスが溜息を付く。
――― 今日焼いたシュークリームとエクレア、すごく美味しくできたんだけどな。
床に散乱する残骸を横目でちらりと見つめる。もちろんルートヴィッヒや彼の愛犬たちが悪いわけではないのだけれど。
カチャリと音がして、ルートヴィッヒがシャワールームから出てきた。先ほどとは違って今度はちゃんと服を着ている。愛犬たちが彼の元に駆け寄ろうとするのを、ルートヴィッヒは一喝し制した。
「ダウン!」
三匹がぴたりと制止して伏せる。ルートヴィッヒは頷くと「ハウス」と静かに言った。すごすごと犬たちがゲージに戻る。
置いて行かれる形でその場に留まるフランシスに、ルートヴィッヒが笑いかけ「すまなかったな、相手をさせて」と言った。
フランシスが首を横に振る。
「ううん、全然!あの子達すごく頭が良いし素直に言うこと聞くから何の苦労もないよ」
そうか?と小首を傾げルートヴィッヒが掃除道具を出す。フランシスも立ち上がり掃除を手伝うことにした。
床の掃除をしてモップを掛ける。綺麗になったその場を満足そうにルートヴィッヒは見つめていた。
それと対照的に肩を落とすフランシス。仕方ないのは分かっているけれどケーキの残骸はゴミ箱行きだ。
ケーキの甘い香りだけが微かに室内に残っている。
ルートヴィッヒがモップを片付け、淋しそうにしているフランシスに声を掛けた。
「コーヒー…飲むか?」
フランシスが「…うん」と力なく頷く。ルートヴィッヒが困った、と眉尻を下げ、コーヒーを入れに台所に向かった。
ソファーに座りフランシスが天井を見上げる。本当なら今頃ルートヴィッヒが美味しそうにシュークリーム頬張ってるはずなのになー、と心の中で愚痴った。
彼は満面の笑みでケーキを食べている。
そして、本当に嬉しそうな顔で「美味しいよ、フランシス」ってお礼を言っている。
俺はその顔を見ながら「当然さ、ルートのことを思って作ったんだからね」ってウインクをして、ルートヴィッヒは恥ずかしそうに頬を染めて、それで…
目を閉じめくるめく妄想の世界に旅立とうとするフランシスにルートヴィッヒが怪訝そうな顔をする。
「…おい、フランシス?大丈夫か?」
その声にはっとフランシスが我に返った。口元から垂らしそうな涎を拭い、乾いた笑い声を上げる。
「あ、あはは、はは…。な、何でもないよ?!変な想像してないよ!ルートのこと美味しく頂いたりしてないから!」
ぶんぶんと右手を顔の前で振り聞かれてもいないことを否定する。ルートヴィッヒは怪訝そうに眉を寄せ首を捻った。
「ああ、うん…?」
コーヒーを手渡し、ルートヴィッヒがフランシスの横に座る。フランシスは曖昧な笑顔を浮かべたままルートヴィッヒを見た。
ルートヴィッヒがすまなそうに肩を竦ませ「すまない」と呟く。フランシスが不思議そうに彼を見つめると、ルートヴィッヒは視線を外して俯いた。
「せっかくフランシスがお菓子作ってきてくれたのにダメにしてしまった。…ごめん」
彼の謝罪にフランシスが「そんな!」と声を上げる。ルートヴィッヒの肩に触れ、彼の顔を覗き込んで言った。
「違うよルート!悪いには俺の方だ。最初に電話して予定を聞いておけば良かったのにいきなり訪問しちゃって…。アスターの熱烈な歓迎だって、お兄さんすごく嬉しかったんだよ?そりゃ、ケーキがダメになってしまったのはちょっとガッカリだけど…そんなのはまた作ればいいじゃない」
にこり、と明るい笑顔をフランシスが向ける。ルートヴィッヒはまだ眉尻を下げたまま「だが…」と言った。再び俯き、呟く。
「フランシスのクーヘン…俺だって、食べたかったんだ…」
反省や謝罪ではなく後悔の言葉。フランシスはきょとん、と彼を見つめ、それから思わず吹き出した。
「あは、あははは!いやだなー、もー!ルートってば本当に可愛いんだからー!」