本田さんにつなぎ英をセクハラさせてみた件について
吹き付ける風は人工的に冷やされており、エアコンは効率と燃費をよくするために今も冷たい空気を吐き出し続ける。その健気な運動にアーサーは思わず背筋が縮こまり、軽く身をすくめた。
いつもなら、お気に入りのスーツとネクタイで固めているはずの体が、今はビビッドな赤い生地の半袖と過剰な冷房のせいで背を丸くしている。
ちきしょう、何がエコ推進だ!どうして暑い日に寒い思いしなくちゃなんねーんだよ!
一人毒づくがストローを噛むだけで落ち着いた。
いつもとは若干違ういでたちに身体をくるませた他の面々と一人だけ違った半袖のつなぎを宛がわれ、意図も分からず仕立てられたそれに袖を通している。
案の定先ほどまで昔馴染みに露出した腕をネタに「体が薄い」だの「見ていて可哀想になる」だの散々からかわれ、暴力を返事とし場を騒然とさせていたのだ。
しかもその上この冷気ときたものだ。
カフェスペースの長い足の椅子に自らの両足を持て余しながら、積み重なる氷のせいで表面まで冷え切ったプラスチックカップをトレイの上に再び置いた。
本国の夏はそれほど厳しくはなく、日差しを嫌う傾向にもあるため、自分では腕を露出させることはほとんどない。今はそのアーサーの普段晒されない部分が、昼の光を模した蛍光灯の光に当てられている。
しかもじわじわと湿気と熱気を伴った外の暑さのせいで、オーダーしてしまったのは珍しくアールグレイのアイスティーで、飲み下した器官から熱を奪って底冷えさせていく。
何もかもが悪循環だ。アーサーがその寒さに小さく肩を震わす。
すると、それまで静かにこの空間のピースとして存在していた友人が、軽く様子を問うてきた。
聡明な友人が選んだのはいつも通りの好物の緑茶であり、紙製のカップに薄く唇をつけてこの時間を楽しんでいる。この過剰な冷房にも余り堪えていなさそうな本田に微笑みとわざと軽くした世間話を投げかける。
「いや、なんだか寒くてな」
「ちょっと温度低いですね、じじいにも堪えます」
そう本田と言葉を交わしあい、小さく笑いあったあとでせめてもの対抗策として自らの掌で晒した二の腕を擦る。
しかし、元より芯から末端まで冷えあがっているのだ、さすったその指先も冷たく、対策どころかさらに重なった皮膚を冷やしていく。
苛立ちは身体を温めてはくれず、アーサーはただ奥歯を噛み締めることとなった。
さみい、反射的につぶやく。何の反応も求めていないただのひとり言だったったがしばらくするとそれまで行儀よく膝の上に添えられた本田の手がテーブルの上に飛び出してきた。
何だろう、とアーサーが動向を問いかける前に、アーサーはそれまでの和やかな空気と言葉を失うこととなる。
本田の右手の行き先はアーサーの露出された二の腕で、何の躊躇もなく皮膚を軽く摘んだ。
「な、」
「本当だ、随分冷えてますね」
余りの接触の突拍子のなさに、寒さのせいではなく唇が震える。
しかし本田の視線は何の惑いもなく毛穴まで立ってしまったアーサーの素肌に向かった。
彼が先ほどまで飲んでいた緑茶のせいだろうか、あてられた本田の掌も指も暖かく、一瞬のふれあいだけで背筋の悪寒を取り去ってくれた。
だがアーサーの心情は暖かさに和む余裕などはなく、素肌を本田の指に触れられている、その一点のみで冷静な思考はがさがさと色づくざわめきに占拠される。
一方、触れている本田は呼吸も表情も平静のままで、アーサーとのコントラストを明確にする。
最初はあてられていただけの本田の右手は、ふれたまま下降したり袖のラインを超えないまでも、さらにアーサーの二の腕を擦り揉み、感触を味わっていく。
晒し慣れていないということは、触れられ慣れてもいないということだ。動揺の合間に息を吸い込むと、妙に大きくひゅうと音をならせた。
くすぐったいのか、気持ちが悪いのか、はたまた別の感覚か。
「今日は長引きますねえ、早く終わるといいんですが」
「……」
世間話を延々と展開している本田と違い、ふれられているアーサーが無言であるのは、怒りではなく僅かに沸く高鳴りからだ。
細い指が緩和のためにアーサーの筋肉を揉んでいくような仕草にとうとう、温度と湿度の高い吐息が漏れる。その息の行方は、彼の耳には通らなかったらしく、結果として自らの体の熱をじんわりと上げていくこととなる。
彼がもたらす指と掌の動きはベッドの上でのふれあいに似ている。
それが行われるもっぱらの目的は、相手を高め更なる快感のステージへと導くためのものだ。しかし二人が触れあうのはシーツの上ではなく、さんさんと蛍光灯の光を浴びるただのカフェスペースである。
熱を灯すアーサーの体は、だんだんと後ろめたい感情に侵食されていって本田の真っ直ぐな視線から逃れる羽目になる。彼のほんの少し乾燥した指先で撫で付けるだけで、それは立派な愛撫となるのだ。
袖のラインを超えるか越えないかのぎりぎりのところを往復する指の動きがもどかしく、眼球に多く水分が分泌される。
第一、こんな触れ方をしておいて真っ直ぐな目線と落ち着いた声音を有している彼が恨めしい。これがジャパニーズHENTAIのなせる業か。いや、彼は昼でも夜でも実直で勤勉であるから…。
友人に対してならはなはだ不躾な思惑と類推、それ以上の思考の迷走がアーサーの脳裏を土足で踏み荒らす。
半袖から伸びた腕は彼にいいように弄ばれ、もはやアーサーの意識をあざ笑うように、肌をなぞっていくのだ。
どうしよう、なんかこれ、きもちいい。
「なんか変な感じですね」
そのアーサーの動揺を感じ取ったのか、本田がそうぽつりと漏らしアーサーの思考は彼の右手から彼自身に向かう。
温度の高められた吐息に鼓動がプラスされ、目に映る友人の姿もぼんやりとしたものになってしまう。
「あ、俺」
しばらく言い淀んで、本田の指が日焼けの一段と薄い柔らかな部分を掠ったのに小さく声を漏らす。
今度は本田の耳にもそれが届いてしまったらしく、慎ましやかさを映した様な明度の低い瞳をアーサーに向けた。
触られて、射抜かれて、もうどうしようもない。
「俺もなんだか興奮してきた」
ちょうど、本田の親指がアーサーの筋肉を確かめるように袖の内側に入り込んだところで、アーサーは短くそう言い放った。
しかし当の本田は少しきょとんと目を丸くする。そのあとすぐにアーサーの眼前で穏やかだった顔の所作を瞬時に強ばらせて珍しく声を跳ね上げさせた。大きいリアクションのせいで椅子も一瞬足を浮かせバランスを崩しかけた。
「え、そ、そういう意味じゃありませんよ!」
激しい否定とともに暖かな掌は離れていって今度はアーサーが目を見開く。先ほどまであんなに煽るようにアーサーの左腕に触れていた手は、いつもの通りの大仰な遠慮と謙遜でアグレッシブさは全て取り払われる。
本田は胸元でその右手を硬く握り、何度も謝罪を繰り返しながら理解の追いつかないアーサーに丁寧に種明かしを始める。
「すみません私、アーサーさんが半袖って珍しいなって」
いつもなら、お気に入りのスーツとネクタイで固めているはずの体が、今はビビッドな赤い生地の半袖と過剰な冷房のせいで背を丸くしている。
ちきしょう、何がエコ推進だ!どうして暑い日に寒い思いしなくちゃなんねーんだよ!
一人毒づくがストローを噛むだけで落ち着いた。
いつもとは若干違ういでたちに身体をくるませた他の面々と一人だけ違った半袖のつなぎを宛がわれ、意図も分からず仕立てられたそれに袖を通している。
案の定先ほどまで昔馴染みに露出した腕をネタに「体が薄い」だの「見ていて可哀想になる」だの散々からかわれ、暴力を返事とし場を騒然とさせていたのだ。
しかもその上この冷気ときたものだ。
カフェスペースの長い足の椅子に自らの両足を持て余しながら、積み重なる氷のせいで表面まで冷え切ったプラスチックカップをトレイの上に再び置いた。
本国の夏はそれほど厳しくはなく、日差しを嫌う傾向にもあるため、自分では腕を露出させることはほとんどない。今はそのアーサーの普段晒されない部分が、昼の光を模した蛍光灯の光に当てられている。
しかもじわじわと湿気と熱気を伴った外の暑さのせいで、オーダーしてしまったのは珍しくアールグレイのアイスティーで、飲み下した器官から熱を奪って底冷えさせていく。
何もかもが悪循環だ。アーサーがその寒さに小さく肩を震わす。
すると、それまで静かにこの空間のピースとして存在していた友人が、軽く様子を問うてきた。
聡明な友人が選んだのはいつも通りの好物の緑茶であり、紙製のカップに薄く唇をつけてこの時間を楽しんでいる。この過剰な冷房にも余り堪えていなさそうな本田に微笑みとわざと軽くした世間話を投げかける。
「いや、なんだか寒くてな」
「ちょっと温度低いですね、じじいにも堪えます」
そう本田と言葉を交わしあい、小さく笑いあったあとでせめてもの対抗策として自らの掌で晒した二の腕を擦る。
しかし、元より芯から末端まで冷えあがっているのだ、さすったその指先も冷たく、対策どころかさらに重なった皮膚を冷やしていく。
苛立ちは身体を温めてはくれず、アーサーはただ奥歯を噛み締めることとなった。
さみい、反射的につぶやく。何の反応も求めていないただのひとり言だったったがしばらくするとそれまで行儀よく膝の上に添えられた本田の手がテーブルの上に飛び出してきた。
何だろう、とアーサーが動向を問いかける前に、アーサーはそれまでの和やかな空気と言葉を失うこととなる。
本田の右手の行き先はアーサーの露出された二の腕で、何の躊躇もなく皮膚を軽く摘んだ。
「な、」
「本当だ、随分冷えてますね」
余りの接触の突拍子のなさに、寒さのせいではなく唇が震える。
しかし本田の視線は何の惑いもなく毛穴まで立ってしまったアーサーの素肌に向かった。
彼が先ほどまで飲んでいた緑茶のせいだろうか、あてられた本田の掌も指も暖かく、一瞬のふれあいだけで背筋の悪寒を取り去ってくれた。
だがアーサーの心情は暖かさに和む余裕などはなく、素肌を本田の指に触れられている、その一点のみで冷静な思考はがさがさと色づくざわめきに占拠される。
一方、触れている本田は呼吸も表情も平静のままで、アーサーとのコントラストを明確にする。
最初はあてられていただけの本田の右手は、ふれたまま下降したり袖のラインを超えないまでも、さらにアーサーの二の腕を擦り揉み、感触を味わっていく。
晒し慣れていないということは、触れられ慣れてもいないということだ。動揺の合間に息を吸い込むと、妙に大きくひゅうと音をならせた。
くすぐったいのか、気持ちが悪いのか、はたまた別の感覚か。
「今日は長引きますねえ、早く終わるといいんですが」
「……」
世間話を延々と展開している本田と違い、ふれられているアーサーが無言であるのは、怒りではなく僅かに沸く高鳴りからだ。
細い指が緩和のためにアーサーの筋肉を揉んでいくような仕草にとうとう、温度と湿度の高い吐息が漏れる。その息の行方は、彼の耳には通らなかったらしく、結果として自らの体の熱をじんわりと上げていくこととなる。
彼がもたらす指と掌の動きはベッドの上でのふれあいに似ている。
それが行われるもっぱらの目的は、相手を高め更なる快感のステージへと導くためのものだ。しかし二人が触れあうのはシーツの上ではなく、さんさんと蛍光灯の光を浴びるただのカフェスペースである。
熱を灯すアーサーの体は、だんだんと後ろめたい感情に侵食されていって本田の真っ直ぐな視線から逃れる羽目になる。彼のほんの少し乾燥した指先で撫で付けるだけで、それは立派な愛撫となるのだ。
袖のラインを超えるか越えないかのぎりぎりのところを往復する指の動きがもどかしく、眼球に多く水分が分泌される。
第一、こんな触れ方をしておいて真っ直ぐな目線と落ち着いた声音を有している彼が恨めしい。これがジャパニーズHENTAIのなせる業か。いや、彼は昼でも夜でも実直で勤勉であるから…。
友人に対してならはなはだ不躾な思惑と類推、それ以上の思考の迷走がアーサーの脳裏を土足で踏み荒らす。
半袖から伸びた腕は彼にいいように弄ばれ、もはやアーサーの意識をあざ笑うように、肌をなぞっていくのだ。
どうしよう、なんかこれ、きもちいい。
「なんか変な感じですね」
そのアーサーの動揺を感じ取ったのか、本田がそうぽつりと漏らしアーサーの思考は彼の右手から彼自身に向かう。
温度の高められた吐息に鼓動がプラスされ、目に映る友人の姿もぼんやりとしたものになってしまう。
「あ、俺」
しばらく言い淀んで、本田の指が日焼けの一段と薄い柔らかな部分を掠ったのに小さく声を漏らす。
今度は本田の耳にもそれが届いてしまったらしく、慎ましやかさを映した様な明度の低い瞳をアーサーに向けた。
触られて、射抜かれて、もうどうしようもない。
「俺もなんだか興奮してきた」
ちょうど、本田の親指がアーサーの筋肉を確かめるように袖の内側に入り込んだところで、アーサーは短くそう言い放った。
しかし当の本田は少しきょとんと目を丸くする。そのあとすぐにアーサーの眼前で穏やかだった顔の所作を瞬時に強ばらせて珍しく声を跳ね上げさせた。大きいリアクションのせいで椅子も一瞬足を浮かせバランスを崩しかけた。
「え、そ、そういう意味じゃありませんよ!」
激しい否定とともに暖かな掌は離れていって今度はアーサーが目を見開く。先ほどまであんなに煽るようにアーサーの左腕に触れていた手は、いつもの通りの大仰な遠慮と謙遜でアグレッシブさは全て取り払われる。
本田は胸元でその右手を硬く握り、何度も謝罪を繰り返しながら理解の追いつかないアーサーに丁寧に種明かしを始める。
「すみません私、アーサーさんが半袖って珍しいなって」
作品名:本田さんにつなぎ英をセクハラさせてみた件について 作家名:あやせ