発散スケイプゴート
午前中から始まったアルケノダイオス掃討戦は、太陽が傾き始めた頃には粗方始末がついていた。
森の至る所にモンスターの死骸が点々と並び、いい加減倒すアルケノダイオスもいなくなった頃、ようやく目的地に到着。
巨大な卵がゴロゴロと並ぶアルケノダイオスの巣だ。
狙撃と支援魔法を繰り返していただけのアーヴァインとは違い、さすがの両名も返り血にまみれている。
連続任務のサイファーと連日デスクワーク地獄のスコールだが、それでも疲労困憊とまではいっていない辺り、嫌になるくらい真実彼らは世界トップクラスの戦士だった。
戦闘能力に加えて指揮能力、さらには人心の収集力。
これで性格がアレとアレでなければ、と思うのは仲間全員の心の声だったりする。
まぁ、だからこそ僕ら仲間がキミたちを支えるんだけどね。
「っあー、暴れまくったぜー! やっぱチマチマ護衛任務やってるよりゃこっちのがイイよな」
「ああ、溜まりに溜まったストレスもだいぶ解消されたようだ」
すっきり爽快な指揮官コンビの表情に、アーヴァインの顔にも笑みが浮かぶ。
途中何度もリフレク合戦に巻き込まれて流れ弾ならぬ流れ魔法の犠牲になりかけたり、アルケノダイオスが四方から一斉に襲いかかってきてサイファーに人間盾にされたり、ライオンハートの弾倉が詰まったと無表情に言ってのけたスコールの代わりにアルケノダイオス三頭相手に引き付け役をやらされたりと、本当に本ッ当に苦労して何故か僕が一番ダメージ多いけど!!!
やはり彼らが悶々としているよりは良いと思ってしまうのだ。
片や性に合わない任務の連続、片や無休のハードデスクワーク。
どこまでも対称的な彼らではあるが、根本的な所はそう変わらない。
本当は自由に羽ばたける力を持っている。
だけど責任感も強い彼らだから、全てを投げ捨てて自由になる事を良しとせず、こうして大地に足を着けて歩いていく。
そんな彼らを支えていく事を選んだのは僕ら。
世界を巻き込んだ戦いを終えて眼の前に広がった沢山の選択肢の中から、彼らを守り支える道を自ら選んだ。
重責に潰されないように、罪に消されないように。
共に戦うだけが仲間じゃないから。
「さぁ、そろそろ終わらせて帰ろう。キスティスたちが待ってるよ~」
卵の群れを前にしてガンブレード片手に佇む彼らに声をかける。
スコールとサイファーが顔を見合わせた。
「なぁ、スコール。ここは一つアレだろ」
「サイファー、あんたもそう思ったか」
「ったりまえだ。締めに一発景気良くブチ上げて終わろうぜ」
「了解。ここ最近のストレス解消として、盛大に全力でイこう」
「え。…え?」
暴れに暴れまくった余韻のせいかナチュラルハイな彼らの会話に、一人ついていけない素面のアーヴァイン。
そんな彼を無視して二人の詠唱が始まる。
寸分の狂いもなく力強く低い声で滔々と紡がれる音の連なり。
白と黒の軍神のごとき彼らの姿に、もしもこの場に観客が居たならば感嘆の吐息を漏らしていた事だろう。
だがしかし、その詠唱の正体を悟ったアーヴァインは感動するどころか津波のごとく襲い来る悪寒に顔を引きつらせまくった。
「ちょっ…ちょっと待って! その呪文はッ!!」
「「 アルテマ!!! 」」
ちゅどーん。
……おさらいをしよう。
任務地の森はバラム市街より北北東20kmに位置している。
そんな場所で考えなしな指揮官ズの全力アルテマ×2が炸裂したのだ。
すなわち、バラム市民から「キノコ雲が見えた」とか「衝撃波で窓ガラスが割れた」などと言われても文句は言えない。
言えないのだ。
なお、後の調査報告によると被害は建造物の窓ガラスだけではなく、雑貨屋の商品の破損、アイテム屋の希少薬品の変質、ペットショップの動物のノイローゼなど大変多岐に渡る。
被害総額も苦情もきっちり全部がガーデンに持ち込まれ、学園長の笑顔にピシリとヒビが入ったそうだ。
その後、スコールの借金にバラム事件の被害総額が加算された事は言うまでもなく。
「何でだッ!!」
「そりゃお前、俺の借金に加算するよりゃ、まだしも返済が早いからじゃねぇの?」
「堂々と言うなサイファー! あんたの分まで働く義理はないぞ!」
「スコール、そういう事は狸オヤジに言えって言ってるだろ」
執務室の喧噪の中、真っ白に燃え尽きたアーヴァインがセルフィによしよしと撫でられている。
その隣ではゼルが同情たっぷりの視線を向けていて。
自分の席に座っているキスティスはというと、額に手を当てて沈痛な面持ちで報告書を読んでいた。
「それぞれは優秀なのに…どうしてあの二人は一緒にしておくとこうなの…」
「アーヴィン、しばらく使い物にならへんと思うわ…」
「ストッパーは一人じゃ無理って事がわかっちまったな…」
嫌な結果である。
「ストレスでキレたスコールは自分じゃ止まらないし、サイファーが止める訳もないわよね」
「結局、俺らの誰かが止めるしかないって訳で」
「でも一人でくっついてくとこうなるんやろ?」
三人の視線が哀れなアーヴァインに集中した。
次いで、溜息の三重奏。
「……公平にいきましょう」
「って事は~?」
「次にいつあの二人を組ませる事があるかわからないけれど、その時はクジ引きで二人付けるわ」
「あー…アーヴァインもこれで学習しただろうしな。次は二人がかりで殴ってでも止めるって事か」
死線を共に潜り抜けた仲間以外の、レベルの低いSeeDが何人集まろうが、あの二人を止められるとは最初から思っていない。
クジに当たる確率は二分の一、導火線が短いくせに破壊力抜群な爆弾が二個。
あらゆる意味で魔女のリノアならば一人であの二人を止められるかもしれないが、彼女はSeeDではない上に魔女修行の真っ最中で野放しにするのは危険であり、なおかつあのおハロー娘は火にガソリンを注ぐ可能性の方が遙かに高い。
これ以上火力を上げてどうする。
真横で続く低レベルな言い争いを無視して、キスティスがゼルとセルフィに重々しく宣告した。
「死ぬ気で止めないと、そろそろ私たちまで借金持ちになるわよ」
「………」
「………」
恐怖のクジ引き制度が誕生した瞬間だった。