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Cerisier rêve

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「へ?」

呼び鈴に誘われ、部屋の惨事を横目に渋々玄関の扉を開け、外の眩しさに目を瞑った。眩しさが目を差す中、瞼を開けると、太陽を反射したような綺麗な金髪が目に入った。
細く美しい絹のような髪の毛、微笑みを浮かべた優しい顔、細められた蒼の双眼。麗人、と呼べる彼がそこに立っていた。

「 Bonjour! 元気にしてたかい?」
「ぼん、じゅーる。フランシスさん」

ニコッと笑った青年に菊は慣れない異国の挨拶と笑顔で返して、呼び鈴近くにある腰までの高さしかない門を開ける。
その際、自分の格好を見てサァ、と血の気が引くのを感じた。
いつもの和装には変わり無いけれど、袖に付いている灰色のシール、手に付いた黒いインク、そして部屋の惨事…。思わず開いた門を閉じたくなる状況に血の気が引くのと同時に背筋を冷や汗が伝った。
これは、まずい。
そう思ったときにはもう遅く、彼の身体は門の中に入っていて、やけに慌てている頭ではいつも自然に出てくる最善の回避策が出てこない。
諦めるしか、道は無いのかもしれない。菊はぎゅっと瞳を瞑った。

「どうしたの?菊ちゃん」

ぽん、と頭に置かれた自分よりも大きな手の平。
伝わる温もりに、ハッと顔をあげた。心配そうに眉を下げる彼に逆に申し訳なくて、ぎゅっ、と和服の裾を握った。
引かれるのではないか、そんな心配ばかりだった。思い寄せている相手にマイナスの所を見せたくない。恋する乙女のような思考を改めて実感して、菊は苦く笑った。

「いいえ、……なんでもありません。フランシスさん、少し部屋が散らかっていますが、あまり気になさらないでくださいね?」
「うん?そのぐらいはいいさ。いきなり来た俺も悪いからね」

なでなで、と撫でられた頭が熱を持つ。
流石、愛の国の青年。昔からの彼のイメージが崩れないためどれだけ優しくされてもそれが彼そのもので、自分1人に向けられている感情で無いことに握った手の平に力が篭る。自分だけに向けてほしい。どうか、他の人に向けることなく、自分だけに―。
勝手な感情だと、一番自分が知っている。
けれど、誰かに振りまいた愛などいらない。それを言える関係でないのも、彼への一方通行の感情だということも痛いぐらい感じていた。

「どうして、」

言いかけ、呟いた言霊は小さく小さく空気に、溶けた。彼に届くことは無い。


作品名:Cerisier rêve 作家名:紗和