社長の異常な愛情
都内某所、倉庫。
男が美女を伴ってやってきたのは、無機質な建物が並ぶ倉庫街だった。まっとうなモノから、少し人には言えないモノまで様々なモノがこの倉庫一つ一つに納められているのだろう。
その一つの前に立つと、女はコンコンと扉を叩いた。重く軋んだ音を立てて倉庫の扉が開いた。
ひんやりとした室内は、剥き出しの鉄骨とコンクリートの簡素な作りだが、中の光景は異様としか言いようがなかった。
それは、自動販売機の墓場であった。
破損した自販達が墓標のように等間隔で並べられている。建てられたまままっすぐに置かれているモノもあれば、歪な形のまま置かれているモノもある。一つ確かな事は、どれも均等に並べられているということだ。
「いつ来てもここは素晴らしいな、私の静雄コレクションは……」
「社長、こちらです」
美女に社長と呼ばれた男は、軽い足取りで自販の群れへと近付いていく。この機械達を壊したのは、全て平和島静雄であり、社長はそれを賠償するという名目でこうしてマシンを収集している。
「先日壊されたモノです」
そう美女が指した機械は、器用に一変の角だけが地面に突き刺さる形で設置されていた。
「おお、素晴らしい」
「地面に突き刺さったまま状態を再現いたしました」
「ふむ。良い臨場感だ」
ベンダーの広告スペースには、清涼飲料水の代わりに、その現場の写真や、当時の状況の写真が貼られている。その現場を写真とこの状況は寸分違うことはない。ころりと、一缶だけ転がった缶ジュースすらも再現している。
「良い仕事だ。それに、投げている時の写真もあるとは」
「はい、良い写真を入手しました」
二辺を掴み担ぎ上げ、遠投の選手のように機械を担ぐ静雄の写真を見つめながら社長は蓄えた口髭に触れた。この男の機嫌が良いときの証だ。
幼子のように憧憬の眼差しでいつまでも写真を眺めている社長に、冷ややかな美女の声が告げた。
「社長、あちらにも新作が…………」
「おお、そうだった。行くぞ……」
更に倉庫内を進むと、林のようなシルエットが見えた。光を照らせば、不自然に曲げられた標識達が樹木のように床から生えている。それは人工の森のようでもあり、乱雑に植えられたそれは生け花のようにも思える。一種の近代芸術のような形相だった。
無機質な森に男は足を踏み入れると、一本の標識に頬刷りをした。これが、一番新しく壊されたモノだとタグが付けられている。
「やはり、新品はそこはかとなく静雄君の温もりを感じるよ」
冷たい部品だというのに男は笑う。やはり、自販機同様標識にも写真などが添えられている。やり投げの選手のように勇ましく標識を投げる姿は、まるで古代オリンピックの闘士のような美しいフォームだ。躍動する筋肉思うと男は自然に鼻息が荒くなる。
静雄が握った跡の部分を撫でながら男は、写真を眺めながら想像を巡らせている。そして、口を開いた。
「それにしても残念だな、車の扉、ぜひコレクションにしたかった」
男は静雄の力に惚れ込んでいた。静雄自身が忌み嫌うその力を愛してしまった。初めは面白そうな男だと思っていたが、彼の起こす騒動を見る度に人間の可能性の高さを思い知らされていく。
初老の男にとっては、静雄の可能性は眩しい以外の何者でもなかった。そして、人としての種を越える何者なのではないかと思うようになっていた。
それから男は痕跡を集めるようになった。静雄が人知を越えた何者かである証を、その為に男は彼が壊したモノを集め始めた。それは到底、人一人の力ではどうすることも出来ないモノばかりであった。
初めは無茶に思えた損害の弁償も、沢木が広がるにつれ仕事が増え事業は安定し、拡大を繰り広げている。男にとっては、静雄は幸運を授ける者のように思えた。
謂わばこれは信仰のように、足跡を辿る巡礼のようなものだ。このコレクションルームと化した倉庫も、男に取ってみれば礼拝の地であり聖地のようなものだ。
切り裂き魔を防いだという車の扉は、謂わば神話のイージスの盾のような物だ。勇者には相応しい防具だ。思いを馳せるほど手に入らなかったことを後悔する。
「社長、代わりと言ってはあれですが、本日は新しい物が届いております」
パンと女が掌を叩いた。渇いた音が室内に木霊している。
それを合図に奥から男達が現れた。大事に抱えたそれは白い板のように見える。
「あれはなんだい?」
「折原氏襲撃の際に使用したガードレールでございます」
「おお、そんな物が」
「ええ、ですが、残念ながら証言が少なく、写真は見つかりませんでした」
申し訳なさそうに俯く美女を尻目に、社長は白いガードレールにぺたぺたと触れている。
「これは破損が見あたらないね?」
「はい、引き抜いただけと言われています」
そのまま治せば使用できるところを、話をつけて新品と交換してきたのだと秘書は告げた。
「相変わらず君の判断は素晴らしい」
「ありがとうございます」
「ああ、この素晴らしいコレクションを何処に飾るとするか……」
男達にガードレールを担がせながら、社長は愉しそうに場所を探している。
「壁に掛けてみるのは如何でしょうか?」
無機質な灰色の壁を指して言う秘書の言葉に、社長は直ぐに頷いた。コンクリートの壁は道路のようにも見え、今、まさに担がれたガードレールが飛ぼうとしている。そんな妄想を掻き立てられる。
「素晴らしいアイディアだよ、君。ぜひ、そうしよう。この白い部分には写真を沢山貼ろう」
「はい、そのように致します」
そう一礼すると秘書は男達に指示を出している。壁に掛ける位置や、配置などを吟味しみながら男は呟いた。
「しかし、折原とかいう輩にも困ったものだね」
「はい、平和島さんはご無事でしたが、ナイフを突きつけられたそうで……」
例え刺されても弾き返してしまいそうな静雄の身体だが、社長は幸いなことにまだその事実を知らないでいる。
「刃物とは、そんな危険な男は直ぐに捕まえて欲しいな」
「ええ」
「とにかく、静雄君が無事でよかったよ」
ガードレールに飾り付ける写真を吟味しながら男は一人愚痴る。
「それにしても、いつか私も静雄君と呼んでみたいものだ」
こうして、彼と相対していないときは『静雄君』と名前で呼んでいるのだが、いざ本人を前にすると呼ぶことは躊躇われる。
「そのようでしたら、来月お電話を差し上げるときにでも、フルネームでお呼びしてみてはいかがてしょうか?」
一瞬、何をこの秘書は言っているのだろうかと男は首を傾げたが、直ぐに合点がいったのか大きく頷いた。
「そうだな、平和島、静雄君と少し区切れば、そんな気分が味わえるな」
それを思うと来月が待ち遠しい、今度はどのような武勇伝を静雄が上げてくるのか楽しみだ。
来月を待ちわびながら、男は新しく設置した壁のオブジェへ最後の指示を下した。
【終】
【社長の異常な愛情 または、私は如何にして弁償することを喜び、自販機等を愛するようになったのか】
あるいは、俺の静雄コレクション、おれしず。