As you wish / ACT8
Act8~回れ回れ渦と戯言と、~
人間の集う街は渦に似ている。
例えば渋谷のスクランブル交差点、新宿センター街の歩行者天国。池袋サンシャインへ向かう道、それからそれら巨大都市の駅周辺。
うごめくように、流れるように、逆らうように、いくつもの人影がひっきりなしに彼方此方行き交うその場所は、アイスコーヒーにクリームをたらしてマドラーでかき混ぜる様子に似ている、と帝人は思う。だからこそ美味しいし、時に加減が狂えば甘すぎたり苦すぎたりするわけだ。
そしてインターネット上のコミュニティもまた、それに似ている。違うのは、相手が見えない分、より好き勝手動けて、渦が複雑に形成されるという点くらいだろうか。
帝人は何時だったか、その渦の中心にいたいと語ったことがある。中心にいて、全ての方向に視線を向けながら、渦巻く人々を見ていたいと。そうしたら臨也は嬉しそうに笑って、じゃあ俺が帝人君専用のマドラーになってあげる、と言った。
そんな会話を、鮮明に思い出しながら、帝人が目を走らせているのはダラーズの掲示板だ。池袋に巻き起こる噂なら、どんな些細なものでも大抵、そこで拾い上げることができると言って過言ではない。そんな掲示板が、今青と黄色の噂でごった返していた。
『黄巾賊復活したってマジ?』
『マジマジ。っつーかブルースクエアもだってよ』
『因縁の2チーム復活!』
『なんか池袋でまた対決するっつー噂あんだけど情報求む』
『聞いた!西口公園で今日の夜衝突らしいぜ』
『今夜とかwwwアホかwww』
『せっかく復活したのにまた潰しあいとか馬鹿じゃね?』
『なんか両方リーダー不在なんだって。烏合の衆同士、楽しいことになりそうですなw』
『見に行く人いるー?緊急観戦オフとかどーよ』
『いいんじゃねww間違ってケンカ売られんなよwww』
『ブルースクエアに黄巾賊が果たし状叩きつけたんでしょ?』
『え、うっそ、俺逆って聞いたけど?』
『っつか、どっちか来なかったりしたらチキンって相当バッシングいきそうな流れだな・・・』
『来なかった時点で負けだろJKwwwww』
『よし、今夜見学行って来るwww』
臨也が何をしたがっているかをその流れを見て把握した帝人は、あの人らしい物騒な終わらせ方、と小さく息を吐いた。
朝日がとっくに昇って時刻は午前9時を回っている。昨日から余り寝てない・・・いや、正しくは眠れなかったせいで、太陽の光が目に眩しい。薬を飲んでぐっすりと眠っている正臣は今朝方ようやく熱が下がって、数日この家に「入院」することが昨日決まった。セルティと沙樹は、正臣の入院に必要なものを買いに出かけていて、新羅は仕事で出かけている。
静かな部屋に、カタカタとキーボードを叩く指の音だけが響いている。帝人は少しの間仮眠でもとろうかと時計を見た。夜になれば、決着が気になってまた眠れないだろうから。
けれどもそのためには、新羅から睡眠薬でも貰わなければならないだろう。客観的に自分を分析してから、帝人はようやくパソコンをスタンバイにして立ち上がった。
貧血のせいでふらふらしながらも、台所へ向かい、使っていいよといわれたコップで水を飲む。その冷たさで、ほんの少し頭がしゃきっとした。しばらく考えて、やっぱり寝ることに決める。とはいえ、この家には余計なベッドなどないので、昨日新羅に手渡された毛布をかぶってソファに横になった。
目を閉じて、深い息をつき、なんとなく帝人は、今夜は池袋へ戻らなきゃいけないなと、そんなことを思う。
飼い猫を野放しにしてはいけない。
何かが、帝人にそう告げていた。
実際、彼女たちは良くやってくれる。
臨也はいくつかの情報サイトと、青と黄色のアンダーグランドサイトの混乱っぷりを見詰めて、感心したように口笛を吹いた。それもそうだろう、自分たちの知らないところで勝手に復活を宣言され、しかも対決まで予告されたのだ。それだけなら知らぬ存ぜぬで通せばいいが、いくつかの情報サイトには既に秘密のはずのそれぞれのコミュニティ・サイトがさらされているし、池袋全体に決戦の日程が知れ渡っている。あまつさえ、来なかったら来ないほうの負けだろうとまで言われては、行かざるを得ないのが人間だ。特にカラーギャングなんていう、力に固執する人間たちはなおさらに。
手駒の彼女たちに臨也が頼んだのは、噂を立てろ、流布しろ、池袋中にしらしめろ、というシンプルなものだった。ここまで完遂されれば見事と言うものだ。
自分で動ければよかったが、何しろ池袋は天敵の生息する地だ。他ならぬ帝人との約束に、万が一にでも妨害を受けるリスクを考えれば、ひょいひょいと出歩くわけにも行かない。全くあの男はいつでも臨也の計画を台無しにしてくれるのだから。
さて、と時計を見上げれば、既に時刻は予告時間の30分前。
「ここからが腕の見せ所ってね」
臨也はにやりと笑うと、軽くステップを踏むような足取りで池袋へと足を踏み入れた。夜の池袋のきらびやかなネオンは、いっそ毒々しいまでにまばゆい。そんな中でもひときわ目立つ存在感は、頭一つ分雑踏の中からはみ出るようにしてこの先にいる。
そう、あの金髪の。
何もかも思い通りにいかないあの男。
けれどもそんな存在を使おうとするくらいには、臨也には自信があった。
人でごった返す通りの向こうに向かって、臨也は大きく息を吸い込んで、吐く。自分から喧嘩を売るのはそういえば久しぶりだ。でもあの感覚を忘れるほどでもない。何しろ自分とあれは、高校時代からずっとこうやって、憎み合って殺し合って生きてきたのだから。
「シーズーちゃーーん!」
腹の底からの大声は、にぎわう池袋の街で、それでもその通る声と相まって響き渡るように周囲に拡散した。
その声の意味を瞬時に悟った人間は即座に逃げただろう。
その声を認識すらしなかった人間はある意味幸運かもしれない。
そうして、その声を認識したうえで、理解に時間がかかった人間は後悔することになる。
人垣の向こうで金髪が振り返った。サングラスを手に取る所作はゆっくりとしているが、それがこれから動きまわる予兆だと、臨也は知っている。
「テメェ最近おとなしくしてると思ったら湧きやがったな・・・!」
ドスのきいた低い声が這うように響いて、臨也と静雄の間はモーゼのごとく瞬く間に人がはけ、一本の道が出来上がる。
「やだなあ、湧くとか人聞きの悪い。俺は水や温泉じゃないんだからそういう言い方ってないんじゃないの?まあシズちゃんは頭がいつも沸いてるからしょうがないか」
「ゴダゴタうるっせえんだよ!」
タバコが投げ捨てられ、サングラスは胸のポケットにしまわれた。オーケイそうこなくっちゃ、と臨也はぺろりと唇を舐める。臨戦態勢、確認。
「あ、ごっめーん。シズちゃん相手に難しいこと言っちゃったー?」
最後のひと押し、というように笑顔でそう告げれば、喧嘩人形の顔色が変わった。ぶちっと一本何かが切れた顔に。
「てめえ臨也死ねェぇえええええええええええええ!!」
3・2・1で、自販機が飛んでくる、風を切る臨場感、びりびりとした殺気の気配。
人間の集う街は渦に似ている。
例えば渋谷のスクランブル交差点、新宿センター街の歩行者天国。池袋サンシャインへ向かう道、それからそれら巨大都市の駅周辺。
うごめくように、流れるように、逆らうように、いくつもの人影がひっきりなしに彼方此方行き交うその場所は、アイスコーヒーにクリームをたらしてマドラーでかき混ぜる様子に似ている、と帝人は思う。だからこそ美味しいし、時に加減が狂えば甘すぎたり苦すぎたりするわけだ。
そしてインターネット上のコミュニティもまた、それに似ている。違うのは、相手が見えない分、より好き勝手動けて、渦が複雑に形成されるという点くらいだろうか。
帝人は何時だったか、その渦の中心にいたいと語ったことがある。中心にいて、全ての方向に視線を向けながら、渦巻く人々を見ていたいと。そうしたら臨也は嬉しそうに笑って、じゃあ俺が帝人君専用のマドラーになってあげる、と言った。
そんな会話を、鮮明に思い出しながら、帝人が目を走らせているのはダラーズの掲示板だ。池袋に巻き起こる噂なら、どんな些細なものでも大抵、そこで拾い上げることができると言って過言ではない。そんな掲示板が、今青と黄色の噂でごった返していた。
『黄巾賊復活したってマジ?』
『マジマジ。っつーかブルースクエアもだってよ』
『因縁の2チーム復活!』
『なんか池袋でまた対決するっつー噂あんだけど情報求む』
『聞いた!西口公園で今日の夜衝突らしいぜ』
『今夜とかwwwアホかwww』
『せっかく復活したのにまた潰しあいとか馬鹿じゃね?』
『なんか両方リーダー不在なんだって。烏合の衆同士、楽しいことになりそうですなw』
『見に行く人いるー?緊急観戦オフとかどーよ』
『いいんじゃねww間違ってケンカ売られんなよwww』
『ブルースクエアに黄巾賊が果たし状叩きつけたんでしょ?』
『え、うっそ、俺逆って聞いたけど?』
『っつか、どっちか来なかったりしたらチキンって相当バッシングいきそうな流れだな・・・』
『来なかった時点で負けだろJKwwwww』
『よし、今夜見学行って来るwww』
臨也が何をしたがっているかをその流れを見て把握した帝人は、あの人らしい物騒な終わらせ方、と小さく息を吐いた。
朝日がとっくに昇って時刻は午前9時を回っている。昨日から余り寝てない・・・いや、正しくは眠れなかったせいで、太陽の光が目に眩しい。薬を飲んでぐっすりと眠っている正臣は今朝方ようやく熱が下がって、数日この家に「入院」することが昨日決まった。セルティと沙樹は、正臣の入院に必要なものを買いに出かけていて、新羅は仕事で出かけている。
静かな部屋に、カタカタとキーボードを叩く指の音だけが響いている。帝人は少しの間仮眠でもとろうかと時計を見た。夜になれば、決着が気になってまた眠れないだろうから。
けれどもそのためには、新羅から睡眠薬でも貰わなければならないだろう。客観的に自分を分析してから、帝人はようやくパソコンをスタンバイにして立ち上がった。
貧血のせいでふらふらしながらも、台所へ向かい、使っていいよといわれたコップで水を飲む。その冷たさで、ほんの少し頭がしゃきっとした。しばらく考えて、やっぱり寝ることに決める。とはいえ、この家には余計なベッドなどないので、昨日新羅に手渡された毛布をかぶってソファに横になった。
目を閉じて、深い息をつき、なんとなく帝人は、今夜は池袋へ戻らなきゃいけないなと、そんなことを思う。
飼い猫を野放しにしてはいけない。
何かが、帝人にそう告げていた。
実際、彼女たちは良くやってくれる。
臨也はいくつかの情報サイトと、青と黄色のアンダーグランドサイトの混乱っぷりを見詰めて、感心したように口笛を吹いた。それもそうだろう、自分たちの知らないところで勝手に復活を宣言され、しかも対決まで予告されたのだ。それだけなら知らぬ存ぜぬで通せばいいが、いくつかの情報サイトには既に秘密のはずのそれぞれのコミュニティ・サイトがさらされているし、池袋全体に決戦の日程が知れ渡っている。あまつさえ、来なかったら来ないほうの負けだろうとまで言われては、行かざるを得ないのが人間だ。特にカラーギャングなんていう、力に固執する人間たちはなおさらに。
手駒の彼女たちに臨也が頼んだのは、噂を立てろ、流布しろ、池袋中にしらしめろ、というシンプルなものだった。ここまで完遂されれば見事と言うものだ。
自分で動ければよかったが、何しろ池袋は天敵の生息する地だ。他ならぬ帝人との約束に、万が一にでも妨害を受けるリスクを考えれば、ひょいひょいと出歩くわけにも行かない。全くあの男はいつでも臨也の計画を台無しにしてくれるのだから。
さて、と時計を見上げれば、既に時刻は予告時間の30分前。
「ここからが腕の見せ所ってね」
臨也はにやりと笑うと、軽くステップを踏むような足取りで池袋へと足を踏み入れた。夜の池袋のきらびやかなネオンは、いっそ毒々しいまでにまばゆい。そんな中でもひときわ目立つ存在感は、頭一つ分雑踏の中からはみ出るようにしてこの先にいる。
そう、あの金髪の。
何もかも思い通りにいかないあの男。
けれどもそんな存在を使おうとするくらいには、臨也には自信があった。
人でごった返す通りの向こうに向かって、臨也は大きく息を吸い込んで、吐く。自分から喧嘩を売るのはそういえば久しぶりだ。でもあの感覚を忘れるほどでもない。何しろ自分とあれは、高校時代からずっとこうやって、憎み合って殺し合って生きてきたのだから。
「シーズーちゃーーん!」
腹の底からの大声は、にぎわう池袋の街で、それでもその通る声と相まって響き渡るように周囲に拡散した。
その声の意味を瞬時に悟った人間は即座に逃げただろう。
その声を認識すらしなかった人間はある意味幸運かもしれない。
そうして、その声を認識したうえで、理解に時間がかかった人間は後悔することになる。
人垣の向こうで金髪が振り返った。サングラスを手に取る所作はゆっくりとしているが、それがこれから動きまわる予兆だと、臨也は知っている。
「テメェ最近おとなしくしてると思ったら湧きやがったな・・・!」
ドスのきいた低い声が這うように響いて、臨也と静雄の間はモーゼのごとく瞬く間に人がはけ、一本の道が出来上がる。
「やだなあ、湧くとか人聞きの悪い。俺は水や温泉じゃないんだからそういう言い方ってないんじゃないの?まあシズちゃんは頭がいつも沸いてるからしょうがないか」
「ゴダゴタうるっせえんだよ!」
タバコが投げ捨てられ、サングラスは胸のポケットにしまわれた。オーケイそうこなくっちゃ、と臨也はぺろりと唇を舐める。臨戦態勢、確認。
「あ、ごっめーん。シズちゃん相手に難しいこと言っちゃったー?」
最後のひと押し、というように笑顔でそう告げれば、喧嘩人形の顔色が変わった。ぶちっと一本何かが切れた顔に。
「てめえ臨也死ねェぇえええええええええええええ!!」
3・2・1で、自販機が飛んでくる、風を切る臨場感、びりびりとした殺気の気配。
作品名:As you wish / ACT8 作家名:夏野