As you wish / ACT8
お帰り俺の日常、と臨也は口笛を吹いた。帝人の頼みなら何だって聞いてあげる気でいるけれど、たまにはこれが恋しくなったりもする、それはとても複雑なメカニズムで、絶対に認めたくなかったりするんだけれども、事実だから仕方がない。
殺し合うことでしか、互いに認め合えないんだからあなたたちは変わってますよね、と冷めた目でつぶやいた帝人を思い出して、臨也は歪に唇をゆがめた。静雄と自分の関係を、ハタ迷惑だの危険だの評価する人間ならたくさんいたが、「変わってますね」の一言で片づける帝人もかなり変わっている方だと思う。だって彼は殺し合うな、とは言わなかった。
ただその細い指でゆっくりと臨也の頬を撫で、上目遣いで僕はこの顔が好きなんです、といっただけだ。だから傷つけないでくださいね、と。
顔が無事なら殺し合ったって、何の文句もないのだろう。帝人はそういう人間だ。そういうところが本当に、気に入っている。もっとも彼に関することならば、気に入らないところを見つけることのほうが難しいんだけど。
「あははははっ!本当にシズちゃんって毎回ワンパターンだよねー!投げることしか脳がないんだから」
「るっせえ殺す!今殺す!今日こそ殺す!」
「ばっかじゃないの、その前に俺が殺すから大丈夫だよ」
「黙れ死ね死ね死ねぇええええ!」
みしり、と道路標識を手にとって、構えて、振り回す、その一連の動きには、すでに体が勝手に反応するようになっている。ここ最近避けまくっていた死闘は、それでも魂にまでしみ込んでいるのだと再確認してしまって、臨也は本気で機嫌が悪くなった。
忌々しい、こんなことじゃなく、俺の魂にはもっと別のものがしみこむべきなんだ。ナイフを振りかざして掲げ、その理屈の通じない本能だけのような目を睨みつけたとき、確かに臨也の脳裏からは一瞬、すべての計算が消える。
けれどもそれも、ほんの一瞬のこと。
ちらりと時計を見る。あと25分。
約束の場所までは歩いたって15分。
静雄の気分を害するように、思い切り馬鹿にしたような笑いを張り付けて、臨也は笑う。この笑い声が大嫌いな天敵が、ますます激昂するように。
「死ねって言われて死ぬわけないじゃなーい、シズちゃんってばあったまわるぅーい」
「くそムカツクんだよてめえはよお!」
道路標識が飛んでくる。ひょいとよけて、道を選んで、その先の人間に「あぶないよー」なんてのんきに声をかけてやって、臨也は全身を使って敵を感知し、全霊を持って目の前の敵に他のことを考えているだなんて気付かせないようにして、身をひるがえしては挑発し、応戦してまた距離をとる、を繰り返す。
だってしょうがないだろ、どう考えたって黄巾賊の関わりに紀田正臣を絡めず、禍根も残さずに終わらせられるはずがないんだから。そうするにはもっと、理屈じゃない物が必要だ。問答無用の力が、すべてを押し流す激流が。
そんなものになりそうなのは、この男しかいない。
この男ならば、ただその存在だけで、その力だけで。
カラーギャングの二つくらい、余裕でぶっ潰して粉々にしてくれる。そして自分はそれをあおるだけあおってやればいい。
「ほーら、鬼さんこちらーてーのなーるほうへー」
「ふざけんな臨也テメエは、二度とその口きけなくしてやらあ!!」
自販機をぶんなげる喧嘩人形に、心の底から笑って臨也はクルリと身をひるがえした。
本当に頭に血が上っているときの静雄は単純だ。単純で問答無用だ。
どかん、と音を立てて自販機が落下する、そこが。
すでに戦場で有ることにさえも気付かないのだから。
「臨也の手駒かてめえらは?まとめてぶっ飛ばす!どきやがれぇえええええ!」
黄色と青の戦場に、金髪の喧嘩人形が乱入したと、この瞬間様々な場所の掲示板には情報が氾濫した。
金髪の獣は猛然と青も黄色もなぎ倒し、ぶん殴り、けっとばし、やりたい放題だと。さしてカラーギャングの復活などによい印象を持っていなかった人間も、それを見た瞬間だけは彼らに同情し、ご愁傷様と肩をすくめた。
相手は池袋最強。
そしてその強さは規格外だと、誰もが知っていたからだ。
作品名:As you wish / ACT8 作家名:夏野