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砂漠の水

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どこまでも乾いた国だった。郷里に似ている。
 熱せられた空気が強い風になって、緑少ない大地を吹き渡っているからなおさら。
 そんな中、いつもの服装のままで佇むティエリアに、刹那は歩み寄った。
「なんだ」
 ざり、と砂を踏む音で気付いたのか、ティエリアが振り返る。
「なんでもない……、寒いかと」
「別に」
 ティエリアは短くそう答えたが、次の瞬間顔をしかめた。
「どうした」
「砂が」
 眼鏡をはずして目をこすろうとするのを、止めさせる。
「擦らない方がいい」
 むっと唇を曲げる様子が、時々自分より幼く見えるのは何故だろう。
「目が痛い」
「泣けばいい」
「……急に言われても」
「見せてみろ」
 そっと頬に手を当ててこちらを向かせ、赤い瞳を覗き込む。白目部分もすこし充血していた。
「まばたきして」
 ゆっくりと瞼が降りる。長い睫毛のせいで音がしそうなまばたきを一つ。
「……痛い」
 なんとかしろ、と言いたげなその口調。
「よく見えない。少しかがんで」
 ティエリアの方が背が高いので、刹那はそう促した。なめらかな頬に少し砂の粒。大人しく俯いたので、顔がうんと近づいた。
「目を瞑って」
 目尻がほんのり赤く染まっている。そこに刹那は唇をあてた。
「……んっ」
「動くな」
 軽く瞼を舐めると、ティエリアの体がびくっと震えた。左目に続いて、右目瞼にも。きゅうと寄せられた眉、額、こめかみ、もういちど瞼。頬を撫でると瞼が震える。なにか言いたげな柔らかい唇を指で軽く押さえて、もういちど瞼にキスをした。
 下唇をかんでいるのをほどくように、唇にも、キス。
 髪を撫でると、風に乱れていたはずがさらりと指を流れる。ティエリアの髪は好きだった。やたらはねて収まりが悪い自分の髪と較べて、いつもさらさらとしている。
 ティエリアの唇はもっと好きだった。柔らかくて、あたたかくて、ぷくっとしてて、キスしたらふわっと解けるのがなにかの菓子のようだ。甘い物がそんなに好きなわけではないが、ティエリアならいい、と思う。舌を絡ませると、中はもっと温かくて濡れていて、癖なのかティエリアはいつものように、くふ、と鼻にかかったみたいな声をあげた。
 唇を離すと、ティエリアが目を開けた。
「まだ痛いか?」
「痛い」
 拗ねたような、甘えたような。ぽろっと一粒、涙が頬をつたって刹那の顎に落ちる。
「砂粒が入ったんだと思う。泣けば取れる」
「まだ痛い」
「涙を出せば……」
 いいかけて、刹那はやめた。
 こういうとき、ティエリアは何故かはっきりものを言わないのだ。さっきキスしたせいで赤く濡れた唇をちょっととがらせて、忙しくまばたきして、目をつぶってみせる。もうひとつぶ、涙。
 まったく。
 どうせならもっと可愛くしていればいいのに、時々、いや、いつも扱いが面倒だ。
 でも、今日はとてもわかりやすい。刹那はもういちど、ティエリアの頬にそっと手を添える。
 
 
 
 結局目にはいったゴミとやらがとれるまでにずいぶん時間がかかり、瞼よりさんざん噛んだり噛まれたりした唇をすこし腫らして赤くしたティエリアは、その唇をきゅうっと引き結んだまま、暫くみんなの前に顔を出さなかった。またどこか端末のあるところにお籠もりしているのは分かっていたが、これこそ触らぬ神に祟り無し。
「まーた喧嘩したのか、お前ら」
「……してない」
 ロックオンの呆れたような問いかけ。刹那は正直にこたえたはずなのに、
「お前の責任だろ。さっさと謝ってこい」
 等とイアンにまで言われる始末。謝る事などなにもない、と思ったのが顔に出たか、
「その態度にも問題があるんじゃないのかな」
 アレルヤにまで、これだ。
 刹那はひとつ頷いて、臨時に設置されたハンガーのほうに向かった。ところが。
「……あれ」
 予想に反して、ヴァーチェのコクピットには誰も居なかった。ハンガーの中も静かなものだ。こつん、と拳で軽くヴァーチェを叩いて、刹那は辺りを見回す。
「……何処に行った」
 まるでヴァーチェに問うているようだがまあいい。どのみち、返事はなかった。
 いまは傷一つない、巨大な白の機体。
 その内側を、ティエリアが晒したときの事を思い出した。
 
 
 
 オペレータふたりの問いかけにもそっけなく答えるティエリアの声を聞きながら、刹那はイアンの指示に従い、エクシアでパーツ回収の手伝いをしていた。
『……刹那。刹那・F・セイエイ』
 その声が自分を呼んでいる事に気付くのに、暫くかかったのは、まさか自分が呼ばれるとは思わなかったからだ。
「どうした」
『……いや』
 ためらったり、口ごもったりするティエリアははじめてだった。
『なんでも、ない』
「そうか」
 この戦闘の前、まるで自分を監視でもするかのようにやたらついてきていたときは、そういえばろくに口も聞かなかった。その態度には腹を立てるのを通り越して呆れたが、態度が一貫しているのだけは立派なものだ。それが。
「どうした」
 いつもと違う気がして呼びかけたが、返事はなかった。
 ……それが気になって、トレミーに帰投した後、刹那は艦内でティエリアの姿を探した。ハンガーではイアンとハロが文字通り走り回っているだろうから候補からは外す。デッキにもアレルヤがいるだけだった(こちらはこちらでまた様子がおかしそうだったが)。
 普段行かないデータルームの方に足を向ける。そこでちょうど、データルームから出てきたばかりのティエリアと出くわした。咄嗟に腕をつかんでひきとめたのは、真っ赤に腫らした目元と、ふわりと周囲に漂う水滴を見てしまったからだ。
 振り払われるかと思ったが、ティエリアはそうしなかった。ただ気まずげに目をそらし、黙っている。それで刹那も何を言っていいのか分からなくなって、黙った。
 小さな水の粒が、ティエリアの周りをふわふわ漂っている。手で払うと、さらに細かくなって散った。空調に乗って運ばれていくそれに目を奪われた、ほんの一瞬。
 とさ、と、重みが肩にかかった。空気が流れ、水滴のいくつかが刹那の頬に跳ねる。
 はずみで二人の体が廊下を流れた。壁にぶつかる前にぎゅっとティエリアを抱え、はずみで一回転しそうな体勢を慌てて整える。
 ……意外に細いんだな、と思った。
 ティエリアのほうが少し背が高いのだけは前から気になっていたが、こうしてみると刹那より細くて華奢にすら感じる。さらさらの髪がふわりと広がったときにはいい匂いまでする。泣いていた顔も見てしまった所為で、悪い事をしてしまったような気分になった。子供を虐めたような、そんな気分だ。
「おい、」
 どうしたものかわからなくなって声をかける。顔を見られたくないのか、余計にしがみつかれて刹那は床に尻餅をついてしまった。仕方なく、背中をぽんぽんと叩いてみる。
 ティエリアが、顔をあげた。
作品名:砂漠の水 作家名:梁瀬春樹