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砂漠の水

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 キスをしたのは、半分はずみみたいなものだった。どちらから仕掛けたかはもう覚えていない。触れ合わせただけなのに唇があんまり柔らかいのにびっくりして、しばらく頭がまっしろになったからだ。なにしろそれが刹那にとってはじめてのキスだったからなのだが、……ティエリアにもそうだったのかもしれない、等ということに気付いたのは、ずいぶんたってからだった。
 
 
 ティエリアはいつだって仏頂面で黙っていてカリカリしていて、正直刹那には、彼がなにを考えているのか分からない。何度かキスをしたからといって、それで分かるようになったことなんて何もなかった。そういうところが、ティエリアとヴァーチェは似ているのだ。中身が見えたような気がするだけで、相変わらず。
 刹那はもう一度、こつんとヴァーチェの装甲を叩いた。
 どこに、行ったのだろう。
 臨時拠点だからいけるところなんて知れている。もうあと探していないのは、自分ならともかく、ティエリアが一番居そうにないところ。首を傾げつつ、刹那はエクシアのハンガーに向かった。
 やはり。
 さっき刹那がそうしていたように、ティエリアはエクシアの装甲に手を当てていた。こちらの気配に気付いたのか、ゆっくりと振り返る。刹那は黙ってそちらに歩み寄った。
 近くで見たエクシアは思ったより傷だらけだ。仕方のない事とはいえ、また何を言われるかと刹那は少しだけ身構える。ティエリアの言う事はいつも正論なのだが、さっくりと心に刺さるからだ。
「傷だらけだな。……君は」
 やはり。苦々しげにそう呟くティエリアの声は、静かなハンガーにやたら響いた。
「君の戦い方には無駄が多い。エクシアの性能に頼りすぎだ」
 ティエリアに言われたくないと思いつつ、刹那は微妙に視線をずらしていく。
「理解できない」
 こっちもだ。喉まででかかって刹那は止める。ティエリアがこちらを見ていた。
「なんだって?」
「理解できない、と言った。ヴェーダも教えてくれないし記録を読んでもよく分からない。君は無謀で、マイスターとして相応しくない言動が多すぎる」
「それは」
「君の存在など考慮に値しない筈なのに」
 また泣いているように見えた、が、そうではなかった。きゅうとひそめられた眉、それでも、その赤い瞳がまっすぐ刹那を見つめている。
 咄嗟に手が出た。身を翻そうとするティエリアの腕を掴む。
「俺もだ。俺も……わからない。だから」
 
 その瞳に映る自分に誓うように。
 
「もっとよく、見せてくれ」
 
 興味を持って貰えた事が嬉しい。その視線がこちらに向いている事が嬉しい。
「……好きにしろ。こちらも見せて貰う」
 気のせいでなく、この薄暗いハンガーで、ティエリアの頬が、ほんのすこし。
「わかった」
 瞳と同じ色がほんのりさした、その頬に触れる。自分の頬にも、触れる指先があった。
 
 
 見て、聞いて、触れて、喋って。少しずつ。ただのひとつも見落とすことなく。
 それはまるで砂漠に水を探すように。
 
 
 
 だって水がなければひとはいずれ死ぬから。



 触れた唇が、かすかに震えていた。
作品名:砂漠の水 作家名:梁瀬春樹