Return to the dream
初めて受けるグルーミングは、帝王をどこか落ち着かない気分にさせた。正直なところ、逃げ出したいほどに照れくさい。
じっとしているよりはマシか、と思いグルーミングを返そうにも、残念ながら白い生き物の首は自分の首と交差できるほど長くなかった。
マキバオーなりの思いが込めてあるのだろうグルーミングが、カスケードの耳のすぐ後ろにまで及んだとき、
「きっとまた、走ってみせるから……見ててほしいのね」
小さいけれど、決意に満ちた声がした。
怪我の重さとオーナーたちの過保護ぶりを思えば、復帰を反対される可能性は高い。ターフへ戻る事を認めさせるまで、一波乱も二波乱もあるだろう。
けれど、ターフへの帰還を望む白いライバルの願いの強さを、自分だけは理解できる。
もしも自分の病が完治する性質のものならば、カスケードも同じようにターフへ戻ることを望んだだろう。
再び帰れる可能性が1%でもあるのならば、マキバオーの情熱はきっと誰にも止められはしない。
「……ああ。お前ならきっと、願いを果たすだろうよ」
マキバオーの未来を寿ぐ帝王の胸を、ちりちりと小さな痛みが焼いた。道は険しくとも、可能性は失っていない好敵手に、羨望を抱いてしまうのは仕方がない。
それでも。
たとえ痛みを覚えようとも、マキバオーの行く末を見守り続けることを、カスケードは己の心に誓った。
マキバオーの容体を気にしすぎるあまり、極端に浅くなっていたカスケードの眠りがようやく元に戻った頃、再び一冊の週刊誌が本多ファームに届けられた。
またもや医師団に朗読されてしまったそれには、故意か天然か、まったく空気を読まなかった記者に取られた、グルーミング中のダービー馬2頭の写真がでかでかと掲載されていた。
半ば諦めてはいたものの、無理やり見せられた写真の微妙さに、カスケードはひとり、馬房のなかで長い長いため息を吐いたのだった。
<了>
作品名:Return to the dream 作家名:ぽち