まがれっ!
本日のSOS団活動内容は、ESPの実習です。
ハルヒが胸を張ってジャランとスプーンを大量に握り締めた様を見て、俺はただただ口を開けるしかなかった。
「何よ。あるかもしれないじゃない、超能力。今まで宇宙人も未来人も見つけられてないけど、超能力は万人に可能性がある第六センスよ」
そいつらは既にハルヒの近辺に全部スタンバっているが、当のハルヒは当然知らない。彼らも各々知られないように振舞っている。
「あたし達はヒッジョーに大きな見方で見れば、宇宙の太陽系第三惑星地球に生息する宇宙人だし、現在のあたし達は特に何もなくっても、もし5秒後のあたしが観測できると仮定すれば、その5秒後のあたし達は未来人だという事になるのよね」
なるほどなるほど。ハルヒはハルヒで色々考えた上での解決も多かったらしい。登下校中か、家でか、授業中にか、団活動中か、いつの時間を使っているかは知らんが自分が言い出した三大異能人についての考察を日々重ねていたらしい。
「解決なんてしてないわよ。言ったでしょ、ヒッジョーに大きな見方だってさ。そういう風に考えれば確かにそうかも、確かにあるかも、というのは一種の妥協。あたしが求めるのはその場で特殊性を立証してみせられる確実な存在よ」
その場で特殊性を立証している確実な存在はおおまかに言うとハルヒ自身なのではないだろうか。最も本人が聞いたところで認めやしなかったが、三大異能人をまとめるハルヒが一番異常性が高い。俺が知っている三大異能人それぞれに意見を聞くなら、皆が別々の視点から一様にハルヒを崇めて止まないし。
で、お前個人は見受けられないという異能人の「特殊性」をこのスプーンで立証にこぎつけようというのが今日の主旨か?
「そういう事ね。今のあたし達はあたし達の感覚では宇宙人にはなれない。現時刻のあたし達の感覚ではあたし達は未来人にはなれない。でも、超能力は開花する可能性がある!」
「ある!」って机に足かけるなよパンツ見えるぞ。
「みくるちゃん、スプーン配って。有希は残念ながら今日は読書を控えて」
テキパキと進行していくが、こんな事をして大丈夫なんだろうか?
少なくとも長門は容易にスプーン曲げが出来ると俺は断言する。もしかすれば、「閉鎖空間でしか力を発揮しない」という古泉だって腐っても超能力者、うっかり曲げてしまうかもしれない。
たとえ出来るとしても、立場を考えれば意図的にやろうとは思ってはいないだろう……が。
長門に目線を送ると、スプーンを右手でつまむように持って、「努力する」と言った雰囲気の視線を送り返してきた。
曲げないように努力する、という事だろうか。曲がるのが基本という姿勢は非常に厄介だが、ティースプーンを曲げたところは見た事がないから大丈夫だろう。
古泉は……渡されたスプーンをやたらいとおしげに見つめていた。頭大丈夫か? 俺の視線に気づいたのか、目を合わせるとスマイルを投げかけてくる。スプーン片手に少し身を乗り出してな。
「曲げる自信はおありですか?」
「あるわけない。お前いきなり曲げたりしないだろうな」
いくら謎の転校生だからって、そんな悪趣味なキャラ付けは必要ないと思うぞ。
「ふふ、三年前にスプーンを持たされた事がありますよ。検査としてね」
どんな『機関』だ。それはまたハルヒが居ない時に聞いてみるとしようか。
「その時の結果は?」
「曲げる自信なんてあるわけないですよ」
答えになっていない。
もっとも、最初からなんでもはぐらかす気満々の古泉相手に何を問うても無駄だろう。
「頑張りましょう」
「お前より、お前の頭の中にひっそりとある常識に頑張ってほしいもんだ」
「酷いですねえ」
そう言う割にはにこにこしながらスプーンを見つめている。
こんなどうしようもない集まりでスプーンを持たされて、何が楽しいものか。スプーンに対して楽しい過去でもあるのか。コンビニのプリン食べたいだとか、そういう事を考えているとすればまだ救いようがあるような、ないような。少なくとも平和ではある。
「いい? スプーンに力を加えちゃダメよ。曲がれ曲がれって念じながらスプーンの首ぐらいのとこをつまんで揺らしたりすんの」
「曲げ方があるのか?」
「テレビではそれで曲がってたわ」
ソースはテレビかよ。最近はヤラセで信憑性のない番組も多いぞ。
「ヤラセなんて言葉が流れてくる何年も前に特集してたヤツだから余裕」
「ユリ・ゲラー特集辺りのか?」
「そうね。ユリ・ゲラーも最近また出てたからちょっとアヤシイ気がするけど……」
ふうん。スプーンの重心を保って、ぶらぶらと指の間で遊ばせてみる。特に変わらない。まだ念じてもいないが、そんなどうでもいい事を真剣にやるヤツが
「まがれまがれまがれ」
居たね。メイド服のまま座り、真剣な目でスプーンを揺らしている朝比奈さんだ。それは曲がらないものなんですよ。
「力技は禁止よ!」
「判ってら」
たとえ曲げろと言われても俺は曲げないぞ?
「見て下さい」
古泉。お前まさか!
「まっがーれ」
スプーンを横持ちしてフラフラ揺らしていた。曲がってきているように見えるが、それ錯覚マジックだな。古泉は「んふっ」と気味悪く笑った。
「そこ! ふざけない!」
「こんなどうしようもない事続けてりゃ遊びたくもなるっつーの。ほら、長門ももう飽きて」
俺が長門を話題に出してきたのは、さっきから長門の視線を感じていたからなのだが、俺は発言を後悔した。何故ならば、長門の口がちまちま動いていて、それと同期するようにスプーンがぐにゃぐにゃと曲がったり戻ったりを繰り返していたのを目の当たりにしてしまったからだ。
お前もヒマなのか……
「なんともないじゃない。有希は至って必死よ、あんたと違ってずいぶん真剣よ」
俺が見てる時はスプーンが曲がっているのにハルヒが見ている時は曲がってない、長門のギャグなのか?
相変わらず朝比奈さんは自分の持っているスプーンに夢中、古泉は両手でスプーンをちまっと持ってこちらの様子を伺うように見守っている。
ハルヒはハルヒで眉間にシワを寄せて必死に念を送っている。時々ぼそっと「曲がれ」と命令のように呟いている。
俺はどうするかな、スプーン持ったままというのもヒマなんだが?
俺の手持ち無沙汰っぷりを見かねたのか、古泉がまた話を振りに来てくれる。こういう時の暇つぶしには最適な男だ。一家に一台古泉、は少々困るがおしゃべり50%減ぐらいの古泉なら丁度良いかもしれない。
「こうやって持つんですよ」
席を立って俺の後ろにつくと、手をまわして俺のスプーン持ちを指南し始めた。おいおい。
「古泉くん、コツでも知ってるの?」
「コツを知っているというよりは、僕も涼宮さんと同じ番組を見ていたかもしれません」
「ふうん、それで。……はぁ、ここで誰か曲がれば簡単なんだけどね」
ハルヒはその一言を最後に、またスプーンに念を集中し始めた。スプーンを額に掲げて、なんだかもう祈ってるようにすら見える。どんなに頑張っても曲がらないと思うんだが、ハルヒは大よそ大真面目でやっている。