恋文
俺が他で女子と付き合ってしまったらハルヒが暴れる、そりゃ困るぜこの大バカ野郎、閉鎖空間がこれ以上拡大したり神人が拡大攻撃オプション付でパワーアップしたりしたらどうしてくれるんだ、と、そこまで乱暴に考えていたか否かは定かではないが……
俺と女生徒の今後についてカリカリと苛立っていたところがまるで正反対の方向に一転しているわけでね。そりゃこんな落とされ方はないな。ま、俺だって古泉にキャンキャン怒られながら読んだ手紙がこれだったんだ。
古泉の反応から概ねの事情がご理解いただけただろうとは思うが、端的にお伝えする。俺が受け取ったその手紙には
「キョンくんと古泉くんの二人組はとっても萌えです」
という内容が、いわばあれだ。ファンレター? ヤバイ。これが噂に聞く腐女子、ヤバイ。まじでヤバイよ、マジヤバイ。まず見境ない。もう見境ないなんてもんじゃない。自重しろ。古泉は「顔が真っ赤」とか、もう、そういうレベルじゃ済んでない。何しろ涙目。今や普段の面影は……ああ、悪いインターネットには毒されない事だ。
「あの……なんとか言って下さいよ。僕、そんなつもりじゃなかったですよね?」
そう聞かれても、俺にはコメントのしようがない。文中では、古泉については俺に対するボディランゲージや態度への感想。俺に対して書かれている事は古泉の秀麗さについての同意を求めるようなメッセージ、と的確に文脈が分けられていた。
俺は手紙に書かれていた古泉の見所を一つ一つ確認して意識せざるをえなくなり、古泉は手紙に書かれていた俺に対する行いを省みて一つ一つの見られ方にショックを受けている。
これは、新手のいじめかセクハラだろう。
「あなたも、ここに書かれているような目で僕を見ていたわけじゃ」
「アホか」
「ですよね……安心しました」
即答してやると、古泉は「はぁ」と大きく溜息をついて『瞳の上に伏せる長い睫毛』を瞬かせる。『薄く色づいてふっくらした唇』をきゅっと結んで、『白魚のような手』でカップを持ち上げアプリコットを飲み干した。珍しく猫背で顎を突き出して、『滑らかで白い喉元』を綺麗に伸ばしてもう一度「ふぅ」と息をついている。『細く形のいい眉』を少し悩ましげに潜めて。
……これらは断じて、断じて俺の感想じゃないぞ。言われてみればそうだよな、と思う古泉の特徴だ。手紙に教えられたものだぞ。授業中にも組んでいる足が色っぽいとか、前髪だけでなく横髪をかき上げる仕草も綺麗ですとか、俺の知らない事まで書かれていた。俺に言われても、そ、そうなんだ。としか言えない。
もっと古泉くんの事を知ってほしくて、と言われても。そ、そうなんだ……そういう風に見られてたんだな……
「この手紙はお返しします。手紙ではなく、どこに向けたとも知れない何かしらの感想文かもしれませんが」
元通りにたたんだ便箋をテーブルの上で指先に滑らされ俺の手元に戻ってきた。便箋を封筒にしまいながら思い返すと、この手紙にウソは書かれていないようだ。むしろこれ、本当に古泉へのファンレターじゃないのか? ファンレターと呼ぶにはいささかベクトルが捻じ曲がっているとは思う。
「あまり、考えすぎるなよ」
「いっそ、考えられている通りになった方がよいのでしょうか」
「早まるな」
「僕は明日からどのツラ引っさげて教室へ行けば?」
「だよなあ。お前が気まずいよなあ」
「彼女は、僕の隅々をこの手紙のように観察して……」
「もう考えるな」
「昔の偉い人は、考えるな感じろ、と」
古泉は自分でも何を言っているのか判らない風な言葉を口走っている。声も細い。これ、俺が慰めてやるべき場面か?
「明日からも、今まで通りに仲良くして下さいますよね?」
「当たり前だろ、意識しちまう方が危ない」
「……」
いやいや、その沈黙はお前意識しちゃってるのかよ! しちゃうだろうな。大半が古泉自身から膨らんでる話題だったもんな。どうしたもんか。今の俺に出来る事は。
「あ、すいません。モカタルト一つ、紅茶二つで」
古泉にオゴってやる事ぐらいだろうね。
「僕ばっかり食べてますけど、よかったら一口どうですか」
「ハイ・あーん、ってやつ?」
「……なかったことにしてください」
今回ばかりは同情するぜ。開いた伝票にはもう三つ目のケーキが書き込まれていた。
- end -