歩んできた時間
時折、やはり懐かしくなってしまうのです。
周りに響く大きな笑い声、
私を呼ぶ明るい声、
怒ったり、泣いたり、楽しんだり、
自由に生きている皆さんと肩を並べられるようになって嬉しい。
それなのに、正直、少しだけ疲れてしまう。
気がつかれないようにそっと溜息を吐いたのに、すぐにドイツさんが気にかけて下さった。
「日本?疲れたか?」
「あ、スミマセン。」
「いや、会議はもう終わってる。疲れたのなら帰って休め。」
「…ありがとうございます。」
微笑んで、ドイツさんとイタリアくんに挨拶すると、イタリアくんが大きな声を上げた。
「ヴぇー??日本もう帰っちゃうの!?」
騒がしかった音が一瞬止んで、皆さんに帰ることが伝わってしまったことがわかる。
「え、ええ。すいません、先に失礼させてもらいます。」
「駄目なんだぞ!!これからみんなで夜までオールナイトなんだぞ!」
「ば、日本はそんなの望んでねぇよ!な、なんならこの俺と優雅に薔薇園で午後のティータイムでもどうだ?」
「日本、帰るなら我と一緒に帰るアルヨ!」
「寂しいなァ…日本くんが帰っちゃうなんて・・・ほんと寂しいなァ。」
「すいません、今日のところはこれで・・・。」
頭を下げて、そそくさと退出しようとすると、
「寂しいね、久しぶりに会えたのに。まるで日本はすぐに雲に隠れてしまう月のようだ。」
その声の主を見ると、私を責めるわけではなくどこか寂しそうに笑うだけだった。
「フランスさん…また、次の会議の時に。」
微笑んで、パタンとドアを閉めた。
『めぐりあひて見しやそれともわかぬまに雲隠れにし夜派の月かげ』
フランスさんの言葉にそんな歌を思い出した。
その歌を歌った主を思い出して、思わず頬が緩む。
もう、遠い昔の友人になってしまったけれど美しい彼女は言った。
『私の作品は何十年、何百年と生きていくはずです。例え、この身は醜く朽ち果てようと…この作品だけは、貴方と共に。』
******
「あら、驚いた。いついらしたの?まるで月の精のように突然あらわれるのね?」
「驚かすつもりは無かったんです…。すいません。」
「ふふ、こんな夜更けに女性の部屋にあがれる殿方なんて、あなたぐらいだわ。」
「はい、もうお休みになられてたら帰ろうと思ってたんですが。」
「・・・そういう意味じゃないのよ。」
クスクスと笑う大人の女性。
その色香に惑わされるには私はまだ幼かった。
「続き、書けました?」
「今書いてるわ。」
「早く読みたいです。」
「貴方のようなお子様にはまだ早いお話だと思うのだけど?」
「私は見た目よりもずっと大人です。」
「まぁ。」
ふふふ、と楽しそうに笑う彼女に私はからかわれているとむくれる。
そんな私をまた子供扱いして彼女は笑った。
「この話、面白いかしら?」
「とっても面白いです!光の君がたくさんの女性と恋をして…愛とか恋とか、そういうものが私はわからないから。」
「わからないのに、面白い?」
「わからないからこそ、惹かれるんです。私もこの物語の姫君と同じ、光源氏の魅力に囚われてしまってます。」
「嬉しいわ。」
そう言って彼女は本当に嬉しそうに笑った。
「この、光源氏にはモデルが居るの。」
「!…皆さん噂してますが、結局のところ誰なんですか?」
「誰かしらね?」
「教えて下さらないのですか?」
「・・・。」
にっこりと綺麗に微笑む彼女に私は唇を尖らせた。
「最後まで書いたら教えてくれますか?」
「さぁ、どうかしら?」
「教えて下さい!」
「ふふ、本人に自覚は無いのよ。」
「え?」
「本人には周りを魅了しているという自覚が無いの。」
必死に頭を働かせて、ピッタリくる人物を探す。
候補はたくさん出るものの、どうにもピンとこない。
「わからない?」
「…ハイ。」
「じゃぁ、次に私に会いに来た時に特別に教えてあげる。」
「本当ですか!?」
「勿論、だから、ねぇ、出来るだけ早く会いにきて下さいな。」
「っはい!」
******
そうして、自分の公務が忙しくなり、思った以上に会いにいくのは遅くなってしまった。
人の一生はとても短いとちゃんと知っていたはずなのに、彼女は既に亡き人になっていた。
生前、床に伏せる彼女は周囲にこう言っていたらしい。
約束を破ったからヒントしか教えてあげない、と。
『美しく、大人のようでどこか可愛らしく、だからこそ女性はおろか、男性まで魅了するの。ただ格好いいだけでは好かれやしない。誰をも愛すから、…だからこそ、多くの人が自分だけを愛してほしいと願ってしまう。』
『まるで月のように常に優しい笑みを浮かべた、私の愛しい人。』
抽象的な表現で結局今も光源氏のモデルは曖昧なまま。
私は公務を投げ出してでも彼女に会いに行かなかったことを今でも後悔している。
やはり、懐かしい。
あの時代はもう二度と戻らないけれど、だからこそ美しく思える。
「さすがに、あんな夜分に女性の部屋に行くのはマズイ本当の理由、わかるようになりましたよ。」
そ、と。空に呟いた。
周りに響く大きな笑い声、
私を呼ぶ明るい声、
怒ったり、泣いたり、楽しんだり、
自由に生きている皆さんと肩を並べられるようになって嬉しい。
それなのに、正直、少しだけ疲れてしまう。
気がつかれないようにそっと溜息を吐いたのに、すぐにドイツさんが気にかけて下さった。
「日本?疲れたか?」
「あ、スミマセン。」
「いや、会議はもう終わってる。疲れたのなら帰って休め。」
「…ありがとうございます。」
微笑んで、ドイツさんとイタリアくんに挨拶すると、イタリアくんが大きな声を上げた。
「ヴぇー??日本もう帰っちゃうの!?」
騒がしかった音が一瞬止んで、皆さんに帰ることが伝わってしまったことがわかる。
「え、ええ。すいません、先に失礼させてもらいます。」
「駄目なんだぞ!!これからみんなで夜までオールナイトなんだぞ!」
「ば、日本はそんなの望んでねぇよ!な、なんならこの俺と優雅に薔薇園で午後のティータイムでもどうだ?」
「日本、帰るなら我と一緒に帰るアルヨ!」
「寂しいなァ…日本くんが帰っちゃうなんて・・・ほんと寂しいなァ。」
「すいません、今日のところはこれで・・・。」
頭を下げて、そそくさと退出しようとすると、
「寂しいね、久しぶりに会えたのに。まるで日本はすぐに雲に隠れてしまう月のようだ。」
その声の主を見ると、私を責めるわけではなくどこか寂しそうに笑うだけだった。
「フランスさん…また、次の会議の時に。」
微笑んで、パタンとドアを閉めた。
『めぐりあひて見しやそれともわかぬまに雲隠れにし夜派の月かげ』
フランスさんの言葉にそんな歌を思い出した。
その歌を歌った主を思い出して、思わず頬が緩む。
もう、遠い昔の友人になってしまったけれど美しい彼女は言った。
『私の作品は何十年、何百年と生きていくはずです。例え、この身は醜く朽ち果てようと…この作品だけは、貴方と共に。』
******
「あら、驚いた。いついらしたの?まるで月の精のように突然あらわれるのね?」
「驚かすつもりは無かったんです…。すいません。」
「ふふ、こんな夜更けに女性の部屋にあがれる殿方なんて、あなたぐらいだわ。」
「はい、もうお休みになられてたら帰ろうと思ってたんですが。」
「・・・そういう意味じゃないのよ。」
クスクスと笑う大人の女性。
その色香に惑わされるには私はまだ幼かった。
「続き、書けました?」
「今書いてるわ。」
「早く読みたいです。」
「貴方のようなお子様にはまだ早いお話だと思うのだけど?」
「私は見た目よりもずっと大人です。」
「まぁ。」
ふふふ、と楽しそうに笑う彼女に私はからかわれているとむくれる。
そんな私をまた子供扱いして彼女は笑った。
「この話、面白いかしら?」
「とっても面白いです!光の君がたくさんの女性と恋をして…愛とか恋とか、そういうものが私はわからないから。」
「わからないのに、面白い?」
「わからないからこそ、惹かれるんです。私もこの物語の姫君と同じ、光源氏の魅力に囚われてしまってます。」
「嬉しいわ。」
そう言って彼女は本当に嬉しそうに笑った。
「この、光源氏にはモデルが居るの。」
「!…皆さん噂してますが、結局のところ誰なんですか?」
「誰かしらね?」
「教えて下さらないのですか?」
「・・・。」
にっこりと綺麗に微笑む彼女に私は唇を尖らせた。
「最後まで書いたら教えてくれますか?」
「さぁ、どうかしら?」
「教えて下さい!」
「ふふ、本人に自覚は無いのよ。」
「え?」
「本人には周りを魅了しているという自覚が無いの。」
必死に頭を働かせて、ピッタリくる人物を探す。
候補はたくさん出るものの、どうにもピンとこない。
「わからない?」
「…ハイ。」
「じゃぁ、次に私に会いに来た時に特別に教えてあげる。」
「本当ですか!?」
「勿論、だから、ねぇ、出来るだけ早く会いにきて下さいな。」
「っはい!」
******
そうして、自分の公務が忙しくなり、思った以上に会いにいくのは遅くなってしまった。
人の一生はとても短いとちゃんと知っていたはずなのに、彼女は既に亡き人になっていた。
生前、床に伏せる彼女は周囲にこう言っていたらしい。
約束を破ったからヒントしか教えてあげない、と。
『美しく、大人のようでどこか可愛らしく、だからこそ女性はおろか、男性まで魅了するの。ただ格好いいだけでは好かれやしない。誰をも愛すから、…だからこそ、多くの人が自分だけを愛してほしいと願ってしまう。』
『まるで月のように常に優しい笑みを浮かべた、私の愛しい人。』
抽象的な表現で結局今も光源氏のモデルは曖昧なまま。
私は公務を投げ出してでも彼女に会いに行かなかったことを今でも後悔している。
やはり、懐かしい。
あの時代はもう二度と戻らないけれど、だからこそ美しく思える。
「さすがに、あんな夜分に女性の部屋に行くのはマズイ本当の理由、わかるようになりましたよ。」
そ、と。空に呟いた。