歩んできた時間
この前の会議のアフターの埋め合わせだと、そう言われてしまっては断ることもできず、酒が入りいつも以上に賑やかな皆さんを壁に寄り掛かって見渡す。
笑い上戸のアメリカさん、泣き上戸のイギリスさん、中国さんは飲むことより食べることに専念している。
イタリアくんとロマーノくんは既に出来上がって酔い潰れてしまい、スペインさんは新橋のサラリーマンのようにネクタイを頭に巻いて赤い顔で千鳥足。
皆さんのそんな姿に思わず笑みが零れる。
「なーに?壁の花になってるの?日本たら。」
フランスさんがグラスを片手に声をかけて下さった。
そのグラスを差し出され、やんわりと微笑んでお断りした。
「もう充分頂きました。」
「うん、ずっと見てたから知ってるよ。」
フランスさんはクスリと笑いグラスに口付ける。
意味ありげな視線を向けられ思わず赤面する私に、フランスさんはさらに楽しそうににんまりした。
「日本て結構酒強いね?」
「そう、でしょうか?昔はそうでもなかったんですが…。」
「へぇ、今度俺んちで試してみない、飲み比べ。」
壁に片手をついて囲むように顔を覗きこまれてしまい、それ以上後ろに下がれないのに思わず仰け反った。
「い、え…遠慮します。」
「えー?」
「何してる?」
フランスさんが少し慌てて両手を上げて私から離れた。
背の高いフランスさんで見えなかったが、その後ろからドイツさんが恐い顔をして睨んでいた。
「その、すぐに銃を突きつけるの止めようよ?」
どうやらフランスさんの背中には拳銃が突き付けられているらしい。
「今すぐ日本から離れろ。」
「あーはいはい、わかりましたよ。」
フランスさんが面白くなさそうに唇を尖らせ、私から数歩離れた。
私はその瞬間息を吹き返したように大きく息を吐いた。
そして、自分が今まで呼吸を止めていたことに気がつく。
「日本、コレには必要以上に近づくな。」
「え?」
「あれ?お兄さんを『コレ』扱い?」
酷いねェと呟くフランスさんを完全無視してドイツさんは真面目な顔をした。
「疲れたのなら、ホテルに戻るといい。」
「ですが…。」
「あいつらも、もう酔いすぎだ。そろそろお開きにしよう。」
「・・・。」
「後のことはまかせておけ。」
「…ありがとうございます。」
微笑むと、ドイツさんはすごい勢いで顔を背けられてしまった。
何か気に障ったのだろうかと、肩を落とすとフランスさんが耳打ちして下さった。
「大丈夫、ドイツはあれで照れてるんだよ。」
「ところでさ、こんな深夜にこんな可愛い子を一人で返すのは危ないと思わない?」
フランスさんがドイツさんにそう言うので私は思わず噴き出す。
「私をいくつだとお思いですか?一人で帰れますよ。」
「…いや、フランスの言うとおりだ。」
ドイツさんまで真面目な顔でそう言うので、私は慌てて首を振った。
「本当に平気ですから!此処から歩いて10分くらいですし…。」
「いやいや、日本に何かあったら大変だからさ、お兄さんが送ったげるv」
「それを、俺が許すと思うのか?」
ガシッとフランスさんの頭を掴んだドイツさんの手からミシリッと音が鳴った。
「いっ…だ、だってドイツはあそこで寝てるイタリアの面倒見なきゃだろ?」
「今酒が入ってても日本を送れる男は俺くらいだと思うけど?」
フランスさんの言葉にドイツさんが黙った。
「わかった。ホテルまで10分だったな?ならば、15分でフランス、お前は此処へ戻ってこい。」
「へ?計算おかしくない?単純計算でも20分でしょ?」
「日本を送った後全速力で此処へ戻ってくれば、間に合うはずだ。」
「うわー…。」
言葉も出ないのか、ははは、と乾いた笑いを洩らすフランスさんに、私は申し訳なくて頭を下げた。
「すみません。」
「ああ、いいのいいの、役得ではあるんだから。」
「お前が15分後帰ってこなかった場合には・・・スイスと共にお前を探しに行く。」
いつ、そこにいらっしゃったのか、スイスさんがジャキンッと銃を構えている。
「異論は無い。…自分もリヒテンシュタインを狙う輩さえ居なければお前を送るのだがな。」
キッと睨むようにそう言われ、私は慌ててお礼を述べた。
「はは、ドイツなら銃突き付けられるだけで済むけど、スイスは本気で撃ってくるからなぁ。」
フランスさんが遠い目をしてそうおっしゃった。
御迷惑だったのではないかと、目を伏せると手を握られる。
「さ、行こうか。」
じゃないと俺が殺されちゃう、と苦笑するフランスさんに手をひかれ、私はその場を後にした。