歩んできた時間
夢を見ていた。
その人は名も無い、若い兵士だった。
私を睨みつけ、罵倒する。
私はぼんやりとその言葉を聞いた。
いつまで戦うのか、何故友が死ななければならないのか、この戦いに意味はあるのか、
「あんたは一体…この国をどうしたいんだっ!?」
若い兵士の嘆きは、今も私の中にある。
なんで今さらこんなことを思い出すのか、と、考えて、すぐに納得した。
恨んで憎むような目つきなくせに、どこか不安を兼ね備えたその視線が、私を抱くフランスさんと似ている。
私はその若い兵士に言われたときから、結局成長していない。
今回のフランスさんのその視線の意味もやはり、よくわからない。
けれど、きっと、この行為に意味は無いのだ。
朝日に照らされて目を覚ますと、私は間抜けにもソファから落ちていた。
いつ落ちたのかもわからない。その衝撃は感じられなかった。
薄い毛布に包まれて、全裸という奇妙な格好に思わず笑みが零れる。
身体は自由に動く。昨夜ワインに入れられた薬はもう抜けたようだ。
少しばかり強引に扱われた所はじんじんと重たい痛みを抱えるものの、動けないほどではない。
フランスさんの優しさに触れたようで、幸せになった。
フランスさんは昨夜、どう思われたのだろうか。
こんな年寄りの体によく欲情出来る。愛の国のなせる技か。
さて、今この部屋にフランスさんは居ない。
しかし顔を会わせぬまま帰るわけにもいかず、私は会ったらどのように反応すべきか迷う。
責める気持ちなど、毛頭無い。
ガチャリ、とドアが開いた。
そっちへ視線を向けると、目が合ったフランスさんがギクリと肩を揺らす。
「っ…起きたんだ?」
「ええ、おはようございます。」
フランスさんは苦笑して、自分の髪をグシャリとかきあげた。
「おはよう・・・じゃ、ないよね。」
言いにくそうに言葉を切って、フランスさんは俯いた。
「…昨日、はごめん。俺、どうかしてた・・・って言って許されるものじゃないけど…。」
「・・・。」
何も言わない私にフランスさんはさらに頭を深く下げる。
「ごめん、俺、最低だ。…君を傷つけた。」
フランスさんの流す涙は朝日に照らされ、驚くほど綺麗だ。
私は、見惚れつつ一息ついて、笑みを浮かべた。
「気にしてません。」
「・・・え?」
「私も、もう良い大人です。昨日のことでどうこう言うほど若くありませんから。」
「キクちゃん?…怒ってるの?」
おかしなことを言うフランスさんに私はふふ、と声をあげて笑った。
「何故、怒る必要があるんですか?」
フランスさんは少しの沈黙の後、「そっか。」と、呟いた。
綺麗な涙を流したフランスさんの瞳が輝きを失い、口元に奇妙な笑みが浮かぶ。
「そうなんだ、気にしてないんだ?」
「ええ。」
「たいしたことないんだ?」
「はい。」
「ですから、フランスさんもお気になさらずに。」
私がそう言って微笑むと、同じようにフランスさんも微笑んでくれた。
しかし、その瞳が泣きそうに見えたのは、私の気のせいだったのだろうか。
それから、私とフランスさんの体だけの関係は始まった。
そしてすぐに苦しめられる。
フランスさんは私を愛してくれたけれど、フランスさんにとって愛する人はたくさん居ると言う事実に耐えきれなくなる。
“気にしてない”“たいしたことない”行為に苦しめられながら、私はそれでもフランスさんの温もりを捨てられずに。
愛しいから、その全てが憎らしい。
きっと今ならあの若い兵士の視線の意味もわかる気がする。
憎みたいのに憎めないその苦しさを初めて味わう。
こんなに長い間生きてきたというのに、自分の未熟さを感じながら、今日も泣いた。
今夜フランスさんの腕の中に居るのはどのような人なのだろうか。
「今回だけは後悔したくなかったんだけどな…。」
そんなフランスさんの呟きは、私のもとへは届かなかった。