有言実行
「そういえば、その本はいかがされたんですか?」
「ああ、子供向けの歴史小説だよ。ほんとは別のものを探していたんだけど、なんとなく手に取っていたところに君が来たから、ね」
少し日に焼けた様子のその本は、簡単に「シルバーバーグ家―歴史を作った軍師」とか何とか書いてあった。
「シルバーバーグ…」
「歴史が動くときにいつも姿を現す、天才軍師の一族、だってこの本に書いてあったよ」
「はあ…」
そういえばシュウとアップルもシルバーバーグ一族の者に師事していたことを思い出す。しかし、シュウはどうも破門を受けたようだということもスウォンは知っていた。
3年前、戦乱、現在の戦争にも関わるシルバーバーグという遺伝子。
「解放戦争のときのマッシュ・シルバーバーグという軍師って、どんな人だったんですか?」
深い意味もなく、ただの好奇心でスウォンが問う。あのシュウの師匠ならばどれほどの無理難題をウィルに与えたのだろうかという疑問はあっさりと否定される。
「本当は戦争に関わりたくない様子だったんだ。作戦中に負傷して、容態が回復しないままに結局建国に立ち会うことができなかった」
「あ…ごめんなさい!」
「いや…とても穏やかな人だったよ。自分がかつて行った策で自分自身を責めてしまって、静かに生活したかった。だけど、僕たちが彼を戦場に引っ張ったんだ」
「そんな…」
「事実さ。でも、きっと彼は後悔しなかったんじゃないかな…」
「……」
ちょうど注文した品がテーブルに運ばれてきて、その話は中断された。スープの香りがふわりと漂ってきて、二人はとりあえず食べ始めた。
どうも、自分の想像している軍師とはずれがあったようだとスウォンは思った。穏やかで、でもきっと自分に何より厳しくて、きっと…。いくつもの思いが浮かんできたが、スウォンはそのいずれも口に出すことができなかった。
「シュウさんだって、きっとそうだろう?」
「穏やかな人ではないですよ。毎日山のような仕事持ってくるし…」
「軍師としての誇りと、主君である君に仕える忠誠。彼はやっぱり、シルバーバーグという何かを持っていると思うよ」
何か。きっと、あの二人にも受け継がれている何か。
シルバーバーグというものを背負い、それゆえの因縁に巻き込まれ、それでも彼らはその戦争に力を貸すと言う。
「…重たくて、大きいですね。人の思いって」
「けれど、それに翻弄されるだけじゃないだろう。彼らも、君も」
「僕は…」
ここを選んだ。
この力を選んだ。
ジョウイとは違う道を、選んだ。
じゃあ、シュウは?
「彼はきっと君の作る未来を選んだんだよ。そしてその未来でも、やっぱり君を選び続ける」
「なんだか僕に恋でもしてるみたいですね」
「当たらずとも遠からずなんじゃないかな」
軍師である彼は、スウォンに賛同した。軍主の下につき、新しい国を作る手助けをしている。スウォンのそばで、傍らで、スウォンの望む道への方法を探る。
「軍師ってのは、なんだか難儀な仕事ですね」
「でもきっと、彼も、彼女も、シルバーバーグという人たちは皆、自分の主君たりえる人たちに会い、それに手を貸したんだ。苦痛だけじゃなかっただろう」
ウィルは遠くを見つめて、何かを思い出しているようだった。
きっと、マッシュ・シルバーバーグを思い出しているのだろうと、スウォンは思った。
「僕は軍師にはなれないけど、あなたのそばにいたかったな。3年前」
「どうして?」
「僕がいたら今あなたに決して、そんな顔させたりしないのに」
「じゃあそれがシュウさんへの課題だね」と言って、ウィルは笑った。