ヴァルナの娘
「ナナイ。何故アムロを傷付ける事を言う。本人が知らない無実の罪でアムロを傷付ける事は、私が許さない」
「そう。お知りにならない事が罪なのですよ。ライア様が総帥のお心をお知りにならない事が・・・。そして総帥!貴方もお伝えにならない事が!!」
ナナイの怒りの矛先が自分達二人に向けられた事に、二人揃って驚く。
アムロは無意識にシャアの腕に縋り付いていた。
「ライア様、いえ、アムロさん。貴女は総帥をどう想っていらっしゃるのですか。友人?ライバル?それとも上司?そして総帥。貴方もアムロさんをどう想っていらっしゃるのです?そしてその想いを理解してもらえるまで言葉にして伝えられましたか?伝えもせず知ろうともせずに居たら、どれだけの時間が経っても現状のままなのは当たり前でしょう。なのにこの事で不安定となり、仕事が滞る様では大変困るのです」
一気に捲し立てるナナイから、二人は視線を外せない。
「正直申し上げて、アムロさんは恋愛事には全くといって疎い方でしょう。ニュータイプであり、相手の動きや心理を読める能力を持ちながら、こと恋愛面にこの能力は全く働かないのです。その事をこの数ヶ月見ているだけの私ですら気付くのに、総帥!貴方が気付かないというのは、どういう事なのです?解っているはずだ、では何も進展は望めません。ニュータイプ同士でも、言葉にして伝え合う事は大切なのではありませんか?ニュータイプという以前に、人間なんですから」
ナナイの言葉は、二人の胸にストンと落ちてきた。
確かに互いの気持ちを交感した事が無い。
アムロはシャアをそっと見上げた。
シャアもアムロを見つめた。
「私の言いたい事はそれだけです。後はお二人で問題解決に当たられます様に、よろしくお願致します」
そう言うと、ナナイはスッと立ち上がり、退出の挨拶もせずに執務室から出て行った。
3
二人きりになると、執務室は静寂に包まれた。
シャアはアムロを大きなソファーに座らせると、自分もその横に腰を下ろした。
アムロの視線が不安げに揺れている。
「あ・・・あの・・・、私は・・・」
まだ、疑いをかけられた事の不安が拭い去れていない表情に、シャアは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「すまない。私の行動がナナイを怒らせて、あの様な言動をさせたのだ。君は何も悪くないのだから、心配する必要は無いのだよ」
そう言うと、薄い肩を抱き寄せて髪に顔を埋めた。
シャンプーの香りに混じって機械オイルの匂いもしている事に、シャアは微苦笑を浮かべた。
アムロはこの年になっても女というより中性めいた部分が大きいのである。そんな相手に、自分の想いをはっきり告げないでいれば、この関係は永遠に平行線のままで行く事に何故自分は気付かなかったのか。
ナナイに指摘されるまで気付きもしなかった己の不甲斐無さに呆れるやら慌てるやら・・・。
腕の中のアムロからようやく力が抜け、安心した様に体がシャアに預けられた。
アムロが落ち着くのを見計らって、シャアは自分の気持ちを素直に告げた。
「アムロ。私は君を愛している。君に傍に居て欲しいと切望している。以前も告げたが、再び君に乞う。私の伴侶になって欲しい」
アムロは驚いた様に顔を上げた。
シャアはアムロの視線をしっかりと捉えて外さなかった。
「うそ・・・で・・しょ?だって・・・貴方、私とずっと戦ってきたのに・・・愛してるだなんて・・・」
アムロが返した言葉にシャアはガックリと肩を落とした。
これでは一方通行の一人相撲だったのだ。
自分の完全な片恋の様なものだったのだ。
これでは彼女が自分に会いに来てくれるはずが無いではないか。
シャアは溜息をつくと、アムロの体を膝の上に横抱きにした。
快い重さと暖かさと柔らかさ。
触れる事が出来る体と心に、シャアは胸の中が甘やかな想いで満たされてくるのを感じた。
アムロは抱えられた事にびっくりして、両手をシャアの首の後ろに巻きつけた。
体が密着する。
シャアの鼓動が速くなるのに急かされて、アムロの鼓動も速くなった。
「アムロ。私は君を十四年前から愛していたらしい。少年だと思っていた時から気にかかり、女性と認識した時から私だけを見て、私と共にいて欲しいと思った。それを拒絶され故に、可愛さ余って憎さ百倍となってしまった様だ。本気で君を殺して自分だけのものにしたいと思いもした。しかし、アクシズで君が死ぬかもしれないと思った時、君が生きて傍らに居てくれなければ、息をする事も出来なくなるのだと実感したのだ。お願いだ。私の傍らに居てくれないか。私の永遠の伴侶として、ネオ・ジオン総帥の妻として・・・」
アムロの片耳は、しっかりとシャアの声を聞き取っていたが、胸に当てられた耳は、シャアの忙しない鼓動と体の中を響く声の両方を聞き取っていた。
『私、シャアの想いに答えられる?ララァ、貴女の愛した人を好きになっても良い?』
そっと自分の内側に問いかけると“うふふ”と鈴が鳴る様な笑い声が聞こえてきた。
そして“二人で愛してあげましょう?この寂しい男性を”と返事が返ってきた。
『そうね。私達二人でね』とアムロも返事をした。
少しだけ首に回した腕に力を込めると、シャアの顔を見つめた。
シャアの顔が近付いてきて、視界が金色に染められたと思った瞬間、唇に暖かく柔らかい物が当てられる。
口付けられたと分かって、慌てて目を閉じた。
その様を見たシャアが、唇の上で笑みを作る。
幾度か啄ばむ様な口付けの後、シャアの舌がアムロの唇をノックする様に突いた。
少しだけ開かれた隙間から舌が侵入し、口腔内を縦横無尽に貪る。息継ぎが上手くいかないアムロが息も絶え絶えになり、脱力する様になってようやく甘い責め苦から開放された。
シャアは満足げな息を吐くとアムロを膝から降ろし、その膝に頭を乗せて横になった。
アムロはこの体勢に驚き、腰を浮かせそうになるが、
「少しだけ眠らせてくれ。近頃、十分に睡眠が取れていないのだ。30分で良いから膝を貸してくれたまえ」と言うなり、ごそごそと頭を動かし落ち着く場所を見つけると、シャアはストンと眠りに落ちた。
アムロは、動いたらシャアの頭が落ちてしまうと思うと、微塵も動けない緊張感を味わう事になった。
それでも、シャアの穏やかな表情を目にして、アムロはそっと金髪を指で梳いた。
金糸は指に絡まる事無くサラサラとした手触りをアムロに伝えた。
額にかかる髪を払ってみる。
14年前に自分が付けた傷跡が顕になった。
そっと撫でる。
自分にも同時に付けられた傷跡がある。
まるで契約の証の様な互いの疵に改めて気付く。
アムロは身体の力を抜き、ふわりと微笑むと、小さな小さな声で子守唄を口ずさみ始めた。
シャアの眠りを妨げない様に、同時に眠りが良いものになる様に・・・。
♪ハッシャバイ、ハッシャバイ、愛しい子。御母の胸に抱かれて、夢の世界に遊びなさい、星の海を泳ぎなさい。
♪ハッシャバイ、ハッシャバイ、愛しい子。今はすべてを忘れ去り、エデンの園に眠りなさい、小さき翼を休めなさい。
2006 10 01