NO NAME
僕のクラスには不思議な生徒がいる。
最初の頃はそんなに目立つ生徒ではなかったと思うんだが、(寧ろ柄の悪い連中には結構絡まれてしまうようなタイプだったんじゃなかっただろうか。性格的にも、外見的にも)何だかふと気が付けば、学年どころか、下手をすれば学校で知らぬ者のない程の有名人になっていた。
そのクラスメイトの名前は武藤遊戯。
現在、世界的に支持されている(らしい)、カードゲームの王様だ。
***
クラスが同じといっても、ある程度の時間が経てばそれぞれ共に過ごす相手は自ずと決まってくるから、元よりグループの違う彼とは接触した事はなかった。
彼の周りにいる人物は実に多種多様だった。
中学の頃結構辺りに名を売っていたらしい不良、…だった城之内とか本田とか。女子人気は馬鹿高な変わり種転校生、と囁かれる獏良や御伽。はきはきした態度が一部男子にもポイント高いと評判の真崎杏子、とか。結構匆々たる面子だ。
ただ、その頃の僕は流行の一端をみせていたカードゲームには興味はなく、もっぱらのうのうとクラスの連んでいる連中と、隣のクラスや先輩の誰々が可愛いだの、昨日見た番組は何だ、だのそんないつも通りの話題ばかりで占められていたと思う。
なので、唯のクラスメイト、という範疇以上の事は何も知らなかった。
うちの学校はそんなやれ進学だの何だのにうるさい校風ではなかったが、一部、そういう事にやたらと熱心な先生はいた。何処にでもいるもんだろ、とは思うが厄介なのでああいうのに進んで目を付けられたくはない。
だが、誰にももう面倒でやってられない、って気分の時があるだろう?
ちょうどそんな時があって、僕は1人教室での授業を辞退し、気分が悪いので保健室にとか何とか言って教室を抜け出して屋上に向かった。
屋上は4階建てのこの校舎の更に上にある。
童実野高名物の時計塔だ。
基本的に屋上は使用禁止なので、普段は誰もここには近付かない。
だが、掛けられた鍵を外す番号は何故だか代々伝わっている。そしてたまに誰かがそれを使ってサボりを決行したりしているのだ。
その日は何だか非常に良い天気で、ちょっと息抜きさせてもらおうと上までやってきたら。
「お?」
先客がいる。
皆、一見して開いているのがぱっと見では判らないように鍵を引っ掛けたままにしておくのだが、その南京錠が外れていた。
誰だろうな、と思いながらもあまり深く気にせずにそっと扉を開けた。
いい加減古くなった扉はいびつな音を立てて開く。
途端吹き込んでくる風に目を細めて、僕は一歩踏み出した。
***
「――――何か探しものかい」
きょろ、と辺りをしばらく見回していると、不意に頭上から声が掛かった。
振り仰ぐと、時計台の上から覗く赤。
道理で。
「…鍵が外れてたから、誰かがいるんだろうと思って」
あんな所にいたんじゃ普通は気付かないだろう。
基本的に人間は何かを探す時、普通にしている時の自分の目線より上にはあまり気を配らないらしい、と何かで聞いた事があったな、そういえば。
彼は時計台の上にいた。
縁に腰掛け、組んだ足に軽く肘を乗せて頬杖を付きながら僕を見下ろしている。
口元は僅かに笑っていた。何だか不思議な表情だった。いまいち真意の掴みにくい、そんな表情。
・・・こんな表情をするんだったけ?
記憶の中から、普段の武藤遊戯の事を引き出そうとして、やめた。どうせ元々あまりストックは多くないし、本人を目の前にしてそう言う事は無駄だろう。
「…どうやって昇ったわけ?」
「裏に足場があるぜ」
なるほど。
ただ、予想外の所にいたので、かなり驚いた。
と、そこである事に気が付いた。
何かが足りないような気がしてたんだが、その違和感の正体が分かった。
「・・・いつもしてるアレは?」
「アレ?」
ほら、ここ。こんな逆三角の。と胸元を示すと、彼は少し面白そうに目を細めた。
「気になる?」
「え?」
いや、そりゃあんなデカイ金色、気にならない訳ないじゃないか。
・・・そういえば、他の連中からそれについての話、あんまり聞かないような…あれ?
しゃらり、と澄んだ音で我に返った。どうやら傍らに置いていただけらしい。
「・・・いつからしてたっけ、それ」
独白のようなものだったので、時計塔の上の彼には届かなかったのかもしれない。表情が変わらないのでどのみちどちらかわからなかったが。
遠目でも判る、深い赤がこちらを見ている。…何か居心地悪い、つーか、珍しい色だとは思ってたけど、こんな色だっけ。
「・・・・・・。」
えーと。
「そっち、上がってもいいかな?」
間がもたなくって、何となく口に出してみた。
彼は僅かな沈黙の後、こっちから、とここからでは見えない裏手を示した。
実はそんなに高い所は得意じゃない。
だが怖々上がった先は何だか面白そうな感じだった。
「ここ使ってるの1人じゃないんだな」
1人だけ、じゃないだろう。この痕跡は。
「昼休みにいたりするからな」
なるほど。
傍らの箱に入ってる中から1つ取り上げた。
懐かしい、マグネットのオセロ。
「・・・結構前、よく持ってきてたよな、こーゆーの」
「・・・ああ…」
まだ今の面子ともつるんでないで、結構1人でいたあの頃の事。
外にしばらく置いてあったからなのか、少し埃を被ったその表面を軽く撫でる。
「…ちょっとやってみたいな、って思ってた」
「・・・・・・。」
彼は答えずに静かに視線を落としている。
しばらくそんな沈黙が落ちて。
「・・・やるかい?」
今からでも。
小さく笑ってそう言った。
***
結果、5戦やって、全敗。
ばかな、結構自信あったのに。
昔は姉貴や親相手にこてんぱんにしたりして、必勝法みたいな奴まで編み出したのに、全く歯が立たなかった。
…というか、最初は有利に進めてたと思ってたのに、ふと気付いたら終わる頃には8割がたひっくり返されている。
「うそだろ~…」
昔取った杵柄が・・・。
がっくり、と肩を落とすと、彼は少しばかり得意そうに笑った。口元を僅かにあげた、何だかニヒルな感じの笑いだ。
「オレの勝ちだな」
「うえ~…」
もう一回、と頼もうとしたその時、
「!」
足下で音がした。
校舎中、どころか近隣に響き渡るだろう、というくらいの重く腹に響くチャイム。
「・・・凄い目覚ましだ」
「お陰で寝過ごす事はないぜ」
それはそうだろう。この中で寝れたらワザだ、ワザ。
だが慣れると平気らしい、とか何とか言ってる。
「誰が?」
「城之内くんが言ってたが」
多分、そっちが特殊なんだと思うけど。
こっちの微妙な表情には気付いているんだろう、小さく笑うと、彼はパタン、とオセロを閉じた。
そして傍らから離さなかった鎖に手を伸ばす。
する、と金色の輝きの表面に指を滑らせる。何だかまるで大事なものを撫でているような手つきだった。
そのまま鎖を手にすると、いつものように首に掛ける。そうしたら漸く、見たことのある感じに少しだけ近付いた。
「相棒も起きた事だし、オレは行くぜ」
「あ? ああ…」
最初の頃はそんなに目立つ生徒ではなかったと思うんだが、(寧ろ柄の悪い連中には結構絡まれてしまうようなタイプだったんじゃなかっただろうか。性格的にも、外見的にも)何だかふと気が付けば、学年どころか、下手をすれば学校で知らぬ者のない程の有名人になっていた。
そのクラスメイトの名前は武藤遊戯。
現在、世界的に支持されている(らしい)、カードゲームの王様だ。
***
クラスが同じといっても、ある程度の時間が経てばそれぞれ共に過ごす相手は自ずと決まってくるから、元よりグループの違う彼とは接触した事はなかった。
彼の周りにいる人物は実に多種多様だった。
中学の頃結構辺りに名を売っていたらしい不良、…だった城之内とか本田とか。女子人気は馬鹿高な変わり種転校生、と囁かれる獏良や御伽。はきはきした態度が一部男子にもポイント高いと評判の真崎杏子、とか。結構匆々たる面子だ。
ただ、その頃の僕は流行の一端をみせていたカードゲームには興味はなく、もっぱらのうのうとクラスの連んでいる連中と、隣のクラスや先輩の誰々が可愛いだの、昨日見た番組は何だ、だのそんないつも通りの話題ばかりで占められていたと思う。
なので、唯のクラスメイト、という範疇以上の事は何も知らなかった。
うちの学校はそんなやれ進学だの何だのにうるさい校風ではなかったが、一部、そういう事にやたらと熱心な先生はいた。何処にでもいるもんだろ、とは思うが厄介なのでああいうのに進んで目を付けられたくはない。
だが、誰にももう面倒でやってられない、って気分の時があるだろう?
ちょうどそんな時があって、僕は1人教室での授業を辞退し、気分が悪いので保健室にとか何とか言って教室を抜け出して屋上に向かった。
屋上は4階建てのこの校舎の更に上にある。
童実野高名物の時計塔だ。
基本的に屋上は使用禁止なので、普段は誰もここには近付かない。
だが、掛けられた鍵を外す番号は何故だか代々伝わっている。そしてたまに誰かがそれを使ってサボりを決行したりしているのだ。
その日は何だか非常に良い天気で、ちょっと息抜きさせてもらおうと上までやってきたら。
「お?」
先客がいる。
皆、一見して開いているのがぱっと見では判らないように鍵を引っ掛けたままにしておくのだが、その南京錠が外れていた。
誰だろうな、と思いながらもあまり深く気にせずにそっと扉を開けた。
いい加減古くなった扉はいびつな音を立てて開く。
途端吹き込んでくる風に目を細めて、僕は一歩踏み出した。
***
「――――何か探しものかい」
きょろ、と辺りをしばらく見回していると、不意に頭上から声が掛かった。
振り仰ぐと、時計台の上から覗く赤。
道理で。
「…鍵が外れてたから、誰かがいるんだろうと思って」
あんな所にいたんじゃ普通は気付かないだろう。
基本的に人間は何かを探す時、普通にしている時の自分の目線より上にはあまり気を配らないらしい、と何かで聞いた事があったな、そういえば。
彼は時計台の上にいた。
縁に腰掛け、組んだ足に軽く肘を乗せて頬杖を付きながら僕を見下ろしている。
口元は僅かに笑っていた。何だか不思議な表情だった。いまいち真意の掴みにくい、そんな表情。
・・・こんな表情をするんだったけ?
記憶の中から、普段の武藤遊戯の事を引き出そうとして、やめた。どうせ元々あまりストックは多くないし、本人を目の前にしてそう言う事は無駄だろう。
「…どうやって昇ったわけ?」
「裏に足場があるぜ」
なるほど。
ただ、予想外の所にいたので、かなり驚いた。
と、そこである事に気が付いた。
何かが足りないような気がしてたんだが、その違和感の正体が分かった。
「・・・いつもしてるアレは?」
「アレ?」
ほら、ここ。こんな逆三角の。と胸元を示すと、彼は少し面白そうに目を細めた。
「気になる?」
「え?」
いや、そりゃあんなデカイ金色、気にならない訳ないじゃないか。
・・・そういえば、他の連中からそれについての話、あんまり聞かないような…あれ?
しゃらり、と澄んだ音で我に返った。どうやら傍らに置いていただけらしい。
「・・・いつからしてたっけ、それ」
独白のようなものだったので、時計塔の上の彼には届かなかったのかもしれない。表情が変わらないのでどのみちどちらかわからなかったが。
遠目でも判る、深い赤がこちらを見ている。…何か居心地悪い、つーか、珍しい色だとは思ってたけど、こんな色だっけ。
「・・・・・・。」
えーと。
「そっち、上がってもいいかな?」
間がもたなくって、何となく口に出してみた。
彼は僅かな沈黙の後、こっちから、とここからでは見えない裏手を示した。
実はそんなに高い所は得意じゃない。
だが怖々上がった先は何だか面白そうな感じだった。
「ここ使ってるの1人じゃないんだな」
1人だけ、じゃないだろう。この痕跡は。
「昼休みにいたりするからな」
なるほど。
傍らの箱に入ってる中から1つ取り上げた。
懐かしい、マグネットのオセロ。
「・・・結構前、よく持ってきてたよな、こーゆーの」
「・・・ああ…」
まだ今の面子ともつるんでないで、結構1人でいたあの頃の事。
外にしばらく置いてあったからなのか、少し埃を被ったその表面を軽く撫でる。
「…ちょっとやってみたいな、って思ってた」
「・・・・・・。」
彼は答えずに静かに視線を落としている。
しばらくそんな沈黙が落ちて。
「・・・やるかい?」
今からでも。
小さく笑ってそう言った。
***
結果、5戦やって、全敗。
ばかな、結構自信あったのに。
昔は姉貴や親相手にこてんぱんにしたりして、必勝法みたいな奴まで編み出したのに、全く歯が立たなかった。
…というか、最初は有利に進めてたと思ってたのに、ふと気付いたら終わる頃には8割がたひっくり返されている。
「うそだろ~…」
昔取った杵柄が・・・。
がっくり、と肩を落とすと、彼は少しばかり得意そうに笑った。口元を僅かにあげた、何だかニヒルな感じの笑いだ。
「オレの勝ちだな」
「うえ~…」
もう一回、と頼もうとしたその時、
「!」
足下で音がした。
校舎中、どころか近隣に響き渡るだろう、というくらいの重く腹に響くチャイム。
「・・・凄い目覚ましだ」
「お陰で寝過ごす事はないぜ」
それはそうだろう。この中で寝れたらワザだ、ワザ。
だが慣れると平気らしい、とか何とか言ってる。
「誰が?」
「城之内くんが言ってたが」
多分、そっちが特殊なんだと思うけど。
こっちの微妙な表情には気付いているんだろう、小さく笑うと、彼はパタン、とオセロを閉じた。
そして傍らから離さなかった鎖に手を伸ばす。
する、と金色の輝きの表面に指を滑らせる。何だかまるで大事なものを撫でているような手つきだった。
そのまま鎖を手にすると、いつものように首に掛ける。そうしたら漸く、見たことのある感じに少しだけ近付いた。
「相棒も起きた事だし、オレは行くぜ」
「あ? ああ…」