NO NAME
もう少ししたら降りる、と答えるとそうか、と言って彼は背を向けた。
「――――武藤!」
1拍置いて、ゆっくりと彼は振り返った。
えーと。
「…もうちょっとカン取り戻したらまた来るよ」
何か、負け惜しみみたいな気もしたが、まぁこれくらい構わないだろう。
案の定、彼は少し目を瞠ったが、次の瞬間にはあの笑みを見せた。
「楽しみにしてる」
フ、と彼の姿が視界から消えた。
一瞬固まってしまったが、ただ飛び降りただけだ、と自分を落ち着かせる。少しして、案の定扉が閉まる音が聞こえた。
ごろん、とその場に寝転がって空を見上げた。
・・・今、狐につままれたかのような顔をしてるだろうな、と。後で思い返して少し気恥ずかしくなった。誰もいなくてよかった。
何だかよく判らないが、すごい貴重な体験をしたように思う。
何だか魔法にでも掛けられたかのようなゲーム運びだった。
ゲームの王様。
噂は本当かもしれない、と思うくらいだった。
本当にそんなものに会ってしまったのかもしれない。
「あーあ・・・」
どのくらいそうしてたのか。もう一度チャイムが鳴った。
腹の底から響く音だ。
僕は取りあえずその余韻を何処かに置き去りに、もう一度あの退屈な日常に戻るために漸く身体を起こした。
彼と同じように飛び降りたら早いかと思って、時計台の縁に立つ。
「・・・・・・。」
無理。
僕はこそこそと、昇ってきた時と同じように足場に向かった。