黒鷲と畏れられた
今は震える足を叱咤し、前を向く。
目の前には今までも憧れの存在である兄が俺と対峙している。
「どうしたドイツ。膝が笑っているぞ」
甘さをすべて削ぎ落とした声音。ヴェスト呼びではない名前。威圧感。殺気。
今の彼を見たら誰が全盛期の彼より劣っていると思うだろうか。誰も思わないだろうが、全盛期の彼を知るものからしたら劣っているらしい。
これ程の威圧感、殺気を出しておいて劣るとは詐欺としか思えない。
対峙した瞬間に向けられた殺気。
昔に感じた殺気とは比になら無いほどの恐怖を感じた。いや感じている。
向けられた瞬間、剣で心臓を刺されたのかと錯覚した。今でも継続して向けられる殺気に身体中を剣で刺されたかのように感じる。
多分殺気で人を殺せるというのはこの事を言うのだろう。
嫌な汗が背を伝う。まだ何もしていないのに、身体中の感覚がなくなっていく気がする。
元聖マリア病院修道会、だなんて皮肉にしかならないだろう。
剣を構え直し、俺自身も出来る限りの殺気を放ち兄、プロイセンへと走り出す。
一切構えていないプロイセン。だが隙がなく簡単にかわされてしまうが、休むことなく次の攻撃を繰り出す。
この時代、専ら使われるのは銃。だからこそ剣などの肉弾戦を求められる。所詮銃に頼ってばかりではいられない。やはり銃が使えないとなると肉弾戦へと変化する。
時には銃対素手、というものもあり得る。
「そのマニュアル通りの戦法をどうにかしろ」
俺が繰り出した攻撃を簡単に威力を殺し流される。明らかに俺の方が筋力は上であるのに傷一つ負わすことが出来ない。
体力面に関しても俺の方が上であるはずなのに肩で息する俺とは違い、プロイセンは一切呼吸が乱れていない。
俺が体制を立て直そうと体を退くと、暇を与えないつもりなのか間を埋め俺に攻撃を仕掛けてくる。
右手で放たれた攻撃を両手で受ける。とても重く、痺れた。利き腕でないのにこの重さ。利き腕で繰り出されていたのならば確実に剣を落としていた。
近くでプロイセンの顔を見てヒヤリとした。
紫緋の色の瞳は瞳孔が開いており、愉しげに揺れていた。口許も三日月型に歪んでおりあの時のことを思い出した。
「考え事とは余裕のようだな」
正直、余裕など微塵もない。連続して繰り出される攻撃を受けつつ癖を探す。