空と海の境界
太陽は自分の周りを同じ色に染めただけでは飽き足らないのか、海までも橙色に染めきってしまおうとしていた。
海と空の境がなくなっていくのを眺めながら、自分の心の中に残してしまった想いをどうすればいいのか、考えていた。
そんな日々をあの日からずっと過ごしている。
正月の祝いをする、と奥州に誘われたあの日から。
俺はあの時、あの男との全ての関りを断ち切ったはずだった。
俺とあの男を繋ぐものはなくなったのに。
これでよかったと思っていたのに。
どうして、この俺は、半身を殺がれたような気分でいるのだろうか?
海に沈めていた想いを引き上げてしまった(正確には知らないうちに引き上げられていた)のを、もう一度沈めようと思っているのに、できない自分がいる。
できないのではなく、したくない、というのが正しいのだと自分ではわかっていた。
自分から望んでいた結果に、今頃後悔をしている。
修復不可能なこともわかっているのに、期待をしている。
馬鹿なこと、この上ない。
「相変わらず、海ばっかり見てんだな」
後ろから声を掛けられて、驚いて振り返る。
夕日を受けて立っていた人物は、見知った顔であったが、二度と見ることはないと思っていた。
隻眼を細めて、軽く笑っている。
「……もう、お逢いすることはないと…」
「気になることが多すぎてな、すっきりしねぇ」
やはり、あれで承知なさる方ではなかったということか。
確かに俺が一方的にもう逢うことはないと言い、俺の後を追うなと言っただけでは理由も何もないし、これで納得しろという方が無理な話ではあったのだろう。
「でしょうね。お見えになる気もしておりました…」
俺は正直に自分の思いを述べた。
心のどこかで、伊達殿が承知するはずがない、と思っていたのだと思う。もしくは、承知して欲しくないという願望があったのかもしれない。
そして、伊達殿がここに来ることを望んでいた。
だから、来るような気になっていたのかもしれない。
「チカちゃんの思いは読めねぇのに、チカちゃんは俺のことをよくわかってるみたいじゃねぇか」
伊達殿が歩みを進めて俺の真正面に立つ。
俺に微笑みかける顔を見て、握りこぶしに力を込めた。それは、早くなる鼓動を抑えるためだった。
「ご冗談を。何もかもわかっているのは伊達殿の方では?」
「それこそ、ご冗談を、だ。俺は全然チカちゃんのことはわからねぇ。だから、今日ここへ来た」
不意に伊達殿が俺の腕を掴んでくる。
「伊達殿…」
「チカちゃんの口から、チカちゃんの本当の気持ちを聞くためにな」
伊達殿の瞳は射抜くような鋭さで、俺を見つめている。その瞳に抗う術を持っていたならば、俺はとっくに伊達殿と決別できていたかもしれない。
この瞳に俺は狂わされっぱなしだ。
「…何もお話することはありません。あの時奥州でお話したことが全て」
「じゃあ、何故、あの時チカちゃんは俺に抱きついたりした?」
「…そ、それは……」
あれは俺なりの別れの挨拶だった、とずっと自分に思い込ませている。
苛立ちを剥き出しにしていた伊達殿をなだめて、これが最後だと、はっきり伝えたかったからだ、と自分を無理矢理納得させている。
だが、本当は全然違う。
抱きついたのは、気持ちの裏返しだった。
『これが最後』ではなく、『最後にしたくない』
『二度と会わない』ではなく、『離れたくない』
そんな雰囲気を伊達殿が全て感じとっているとするならば、俺が今ここでどうあがいても、伊達殿が納得してくれることはないだろう。
「チカちゃん! 俺のことが本気で迷惑だってんなら、そう言え!」
「迷惑などとは…!」
俺は慌てて口を押さえた。
まくし立てる伊達殿の言葉に乗って、自分の本音を吐き出してしまったのだ。
「チカちゃん…、それって…」
伊達殿の目がほんの少しではあるが、丸くなった。驚いたのであろう。
俺自身も驚いている。
今まで抑え込んできた感情を、全部ではないけれど、こぼしてしまったのだ。
いや、こぼしたかったのだと思う。伊達殿への想いに気づいたあの日から。
全て伊達殿に打ち明けてしまえればいいと思っていたのだ。
だが、そうするには、伊達殿と俺との間にあるとてつもない大きな壁を取り除く必要があった。
海と空の境がなくなっていくのを眺めながら、自分の心の中に残してしまった想いをどうすればいいのか、考えていた。
そんな日々をあの日からずっと過ごしている。
正月の祝いをする、と奥州に誘われたあの日から。
俺はあの時、あの男との全ての関りを断ち切ったはずだった。
俺とあの男を繋ぐものはなくなったのに。
これでよかったと思っていたのに。
どうして、この俺は、半身を殺がれたような気分でいるのだろうか?
海に沈めていた想いを引き上げてしまった(正確には知らないうちに引き上げられていた)のを、もう一度沈めようと思っているのに、できない自分がいる。
できないのではなく、したくない、というのが正しいのだと自分ではわかっていた。
自分から望んでいた結果に、今頃後悔をしている。
修復不可能なこともわかっているのに、期待をしている。
馬鹿なこと、この上ない。
「相変わらず、海ばっかり見てんだな」
後ろから声を掛けられて、驚いて振り返る。
夕日を受けて立っていた人物は、見知った顔であったが、二度と見ることはないと思っていた。
隻眼を細めて、軽く笑っている。
「……もう、お逢いすることはないと…」
「気になることが多すぎてな、すっきりしねぇ」
やはり、あれで承知なさる方ではなかったということか。
確かに俺が一方的にもう逢うことはないと言い、俺の後を追うなと言っただけでは理由も何もないし、これで納得しろという方が無理な話ではあったのだろう。
「でしょうね。お見えになる気もしておりました…」
俺は正直に自分の思いを述べた。
心のどこかで、伊達殿が承知するはずがない、と思っていたのだと思う。もしくは、承知して欲しくないという願望があったのかもしれない。
そして、伊達殿がここに来ることを望んでいた。
だから、来るような気になっていたのかもしれない。
「チカちゃんの思いは読めねぇのに、チカちゃんは俺のことをよくわかってるみたいじゃねぇか」
伊達殿が歩みを進めて俺の真正面に立つ。
俺に微笑みかける顔を見て、握りこぶしに力を込めた。それは、早くなる鼓動を抑えるためだった。
「ご冗談を。何もかもわかっているのは伊達殿の方では?」
「それこそ、ご冗談を、だ。俺は全然チカちゃんのことはわからねぇ。だから、今日ここへ来た」
不意に伊達殿が俺の腕を掴んでくる。
「伊達殿…」
「チカちゃんの口から、チカちゃんの本当の気持ちを聞くためにな」
伊達殿の瞳は射抜くような鋭さで、俺を見つめている。その瞳に抗う術を持っていたならば、俺はとっくに伊達殿と決別できていたかもしれない。
この瞳に俺は狂わされっぱなしだ。
「…何もお話することはありません。あの時奥州でお話したことが全て」
「じゃあ、何故、あの時チカちゃんは俺に抱きついたりした?」
「…そ、それは……」
あれは俺なりの別れの挨拶だった、とずっと自分に思い込ませている。
苛立ちを剥き出しにしていた伊達殿をなだめて、これが最後だと、はっきり伝えたかったからだ、と自分を無理矢理納得させている。
だが、本当は全然違う。
抱きついたのは、気持ちの裏返しだった。
『これが最後』ではなく、『最後にしたくない』
『二度と会わない』ではなく、『離れたくない』
そんな雰囲気を伊達殿が全て感じとっているとするならば、俺が今ここでどうあがいても、伊達殿が納得してくれることはないだろう。
「チカちゃん! 俺のことが本気で迷惑だってんなら、そう言え!」
「迷惑などとは…!」
俺は慌てて口を押さえた。
まくし立てる伊達殿の言葉に乗って、自分の本音を吐き出してしまったのだ。
「チカちゃん…、それって…」
伊達殿の目がほんの少しではあるが、丸くなった。驚いたのであろう。
俺自身も驚いている。
今まで抑え込んできた感情を、全部ではないけれど、こぼしてしまったのだ。
いや、こぼしたかったのだと思う。伊達殿への想いに気づいたあの日から。
全て伊達殿に打ち明けてしまえればいいと思っていたのだ。
だが、そうするには、伊達殿と俺との間にあるとてつもない大きな壁を取り除く必要があった。