空と海の境界
「…チカちゃんはどっちも願い下げってことか?」
俺と歩みを合わせつつ、伊達殿が聞いてくるが、なんとなく寂しげである。
俺は一度立ち止まって伊達殿をきっと睨んでから、また、歩き始めた。
そもそも、俺は伊達殿に惚れてるって告げたばかりである。それなのに、混ざり合いたいって言う気持ちがないとでも言いたいのだろうか。
人の気持ちに聡くて、何でもお見通しの割りに、こういうことは察しがつかないと見える。
「チカちゃん!」
「願い下げってことはありえねぇよ! だから、あえて聞いてみたんじゃねぇか。てめぇがどう考えてるのかどうか」
仕方なく俺は正直に気持ちを吐き出した。伊達殿と話しているとどうも自分の調子が崩される。この先、伊達殿に振り回されそうな予感がものすごい勢いで沸き起こった。
もちろん、それが嫌だというわけではなく、むしろ面白そうだと感じているのだから、俺自身、変わり者なのだろう。
「それは肯定だと受け取るぜ」
「好きにしろ! いい加減に帰るぜ。竜の右目に斬られちゃぁ、たまらねぇ」
「…ちっとは素直に物を言ってほしいもんだ」
伊達殿の不服そうな物言いに頭にきた俺は、伊達殿に堤燈を押し付けた。
「何だよ! 俺に持たせんのかよ」
「うるせぇ!」
伊達殿の胸倉を掴んで引き寄せると、唇を重ねた。
目を見開いたまま固まっている伊達殿に、俺はいたって正直だ!とはき捨てて、砂浜を歩き出した。
伊達殿が後ろから追ってきて、俺の名前を横で呼んでいる。それを無視して、黙々とひたすら歩き続ける。
「チカちゃん、悪かったって」
「…別に怒ってねぇよ」
「怒ってねぇっていう態度かよ、それが」
「…なんか、やたら、突っかかってきてねぇか?」
ふと俺はひとつの思いにたどり着く。
なるほどね、と思うと俺はおかしくなって笑い出してしまった。もう既に俺は振り回されてるじゃねぇか。今からこの調子では、本当に先が思いやられるな。
「チカちゃん、急にどうかしたのか?」
「…伊達、てめぇ、俺をからかって楽しんでるだろう?」
「チカちゃんのその言葉遣いが聞けると思うと、楽しくて仕方なくってな。もっと聞きたいじゃねぇか。もちろん、あの丁寧な言葉遣いのチカちゃんが嫌いなわけじゃねぇぜ」
「…からかっておられるのなら、やはり元通りの言葉遣いにいたしましょう」
伊達殿は慌てたように首を横に思い切り振っている。その動作がおかしいというか可愛くて、俺は、苦笑してしまう。
伊達殿に勝つことは一生難しいのだろうな、と諦めの思いも浮かんでくる。
惚れたほうが負けだとは言うが、それほどまでに俺は惚れてしまっていたのだろうか。
「なんてな。冗談だ。さっさと帰るぞ。酒や肴がてめぇの帰りを待ってる。それに……」
「それに?」
首をかしげている伊達殿に笑顔を見せる。暗がりで判別できたかどうかはわからないが。
「境界をなくしたいんだろ?」
伊達殿に聞いてみているが、実はそう強く思っているのは俺の方かも知れない。
「チカちゃんがそう思ってる以上に、俺は強く思ってるぜ」
だから、こう返されてしまった俺は、次の言葉を繋げずにいた。
そんな俺の腕を伊達殿は掴んで、さっさと歩き出す。
「おい!」
「俺はチカちゃんに本当に惚れてる。だけど、急いじゃいねぇ。チカちゃんがその気になるまではいつまでも待つぜ」
自分の意見を通しきるかと思いきや、結構人のことは気にしてたりする。
そんな伊達殿の優しさにも惹かれている自分に気づいたりして、俺自身、楽しくなっている。
「ばかが。惚れたって伝えた時点で、その気だ。だから…」
「だから?」
「二人で境界をなくそうぜ」