As you wish / ACT9
Act9~初恋ですが、何か?~
あたり一面をなぎ倒し、破壊されつくした公園に2人の男が立っていた。
一人は金髪にバーテン服を着た背の高い男で、今もへし曲がった道路標識を片手に持っている。
もう一人は季節にそぐわぬモッズコートをはおった、全身黒っぽい男で、鋭い視線と片手に持ったナイフでバーテン服の男を睨みつけている。
もちろん、平和島静雄と折原臨也である。
二人は黙ってほほ笑んでさえいれば、さぞかし女性にちやほやされたであろう整った顔立ちをしているのだが、双方、その顔に張り付いた表情でそれを忘れられがちだ。いま現在、その二人は一切の表情をそぎ落としたような顔で、お互いを見据えていた。
周囲に人影はなく、あるのは地面に這う怪我人の山くらいなものだ。興味本位で集まっていた見物客たちも、巻き込まれるのを恐れてとうの昔に去っていた。
「シズちゃんはさ」
静まり返った空間に、臨也が口を開く。以前の臨也ならば決して出さなかった声だ、と、静雄はどこかで思った。
「恋をしたことがある?」
静かな声には感情が読み取れず、ただでさえそういうものに疎い静雄はただ本能に従って眉をしかめた。なぜ今、こいつの戯言を聞いてやっているのだろうと、そんな根本的なところから疑問に思う。とっととこの喧嘩を再開するべきだ、そう思うのに、なぜか口が先に動いていた。
「どういう意味だ」
思っていたよりも怒りの薄れた声だった。そんな問いかけに、臨也が笑う。
「かわいい、きれいだ、美しい。触れたい、声を聞きたい。名前を呼んでほしい、キスしたい、抱きしめたい。抱きしめてほしい、触れてほしい、必要としてほしい、頼ってほしい、信じてほしい。そばにいたい、あきるほどそばにいたい、くっついていたい、一つになりたい。世界で・・・」
おおよそ臨也には似つかわしくない単語をつらつらとあげ連ねて、臨也は小さく息をつく。そのままどこか夢を見るようなぼんやりとした目つきで、かみしめるように言った。
「世界で2人きりで生きていけたらいい。相手にも、同じように思ってほしい」
それは、なんだ?
静雄は知らない人間を見るような奇妙な感覚を覚えて、まじまじと臨也を見つめた。これは、俺の知っている折原臨也だろうか?一瞬の自問自答には、即座にその通りだと返答が返るのに、どうしても、こんなことを言いこんな顔をする折原臨也を、静雄は許容できずに息を吐く。
「ねえよ」
いまさら、取り繕うこともない。静雄は静かに答えた。
幼いころの淡い恋心がちらりと心をよぎったが、あれはあこがれに近いもので、肉欲を伴うものでもなければ世界中のすべてを否定してまで2人きりを望むような、一途でけなげなものでもない。
「だろうね」
その答えは臨也の予想した通りだったようで、軽く頷いた臨也はそのまま、ゆっくりと瞬きをした。何かをかみしめるかのようなその表情は、やはり静雄がはじめてみる類のもので、思わず言葉に詰まる。
「俺も、なかったんだけどなあ」
過去の話をするように言うので、いくら鈍感の静雄でもその意味するところはわかった。そうか、と納得する半面、こいつが?と驚きながら、瞬きをする。
恋をしているのか。
愛だの何だのと語ることがお得意の男が、「愛」ではなく「恋」を使ったことが、その答えのような気がした。
「・・・そいつは好都合だ、なあ臨也ぁ・・・」
雰囲気にのまれそうになる自分を叱咤し、静雄は思い切り低音で唸った。
「その相手の人生がテメエなんかにメチャクチャにされる前に、テメエはきっちり殺してやっからよぉ・・・!」
再開の合図だ。手始めに道路標識をブン投げれば、舌打ちとともに臨也が飛びのいた。
「ちょっと、今の流れでなんでそうなるかなあ、これだから単細胞は!」
「るっせえ!俺はごちゃごちゃ考えんのは苦手だがなあ、テメエのようなやつに惚れられたら、ぜってえそいつは不幸になるって事くらい分かんだよ!」
何しろ折原臨也は歩く災いだ。関わる人間すべてを不幸にし、興味本位で人をつつきまわし、結果としてその人生を狂わせたとしても構わないような男なのだ。
そんな男がまともな恋などするはずがない。静雄の中でそれは決定事項であって絶対だった。必ずこの男は、相手を不幸にする。それを防ぐ為にも、やっぱりここで殺す。今殺す。
備え付けのベンチを振り上げれば、臨也は体勢を低くして大地を蹴った。大きな獲物を振り回そうとする静雄のふところに飛び込んで不意をつく作戦のようだ。上等だ、と静雄は両手に力をこめる。普段なら計算も打算もなく本能のままに投げているはずのベンチを、臨也に届くぎりぎりまでそのまま溜めて、一気に振り下ろす。そんな計算された行動は静雄の行動パターンから見て異例で、だから臨也は本気で驚いたような顔を一瞬見せた。まずい、と体を無理に止めて、地面に仰向けに倒れるような形でベンチを避ける。
そこへ、振り回したベンチをもう一度叩きつけようとした静雄の手は、しかしその場に響いた声によって停止した。
「臨也、おいで!」
静寂の公園に響いた声は、少しあせったような、それでいて冷静を絵に描いたような不思議な余韻を残す。
思わず手を止めた静雄の目の前で、臨也が人間わざとは思えない素早さでバネ仕掛けの人形のように後方に飛びのいた。そのまま、後ろから走ってきた小柄な人影に飛びつき、
「帝人君!ここは危ないから!」
と、らしくないほど慌てた声で叫ぶ。
「大丈夫です」
答えるのは少年の、声変わりをしたのかしていないのかと言うほど微妙な高さの声だった。ゆっくりと静雄のほうに歩いて、顔が確認できるくらいの距離までやってくる。
「・・・んだ、テメエ・・・?」
眉根を寄せて、不機嫌をかろうじて抑えて問う静雄に、少年はこんばんは、と当たり前のように声をかけた。まさか挨拶を返されるとは思わなかった静雄は一瞬声を失い、ついでにベンチを地面に置く。
少年は臨也のように修羅場をくぐってきているようには見えないし、どう考えても殴っただけで吹っ飛ばしてしまいそうだったからだ。
「帝人君!」
まただ、臨也が全くらしくない声でその名前を呼ぶ。まるで普通の人間のように。
これは臨也じゃないんじゃないだろうか、なんて勘違いしそうになるから、困る。その困惑をそのまま表情に乗せて、静雄は無遠慮に帝人を見た。不審そうな態度を隠しもせず、貴様は何者だと問うような視線だった。
「臨也が大変失礼しました」
少年は一つ深呼吸をすると、当然のようにそんなことを言った。その言葉に目を見開いたのは静雄だけではなく、臨也本人もだ。
「ちょっと帝人君!?なんで君がそんなこと!」
「うるさいですね、今僕が話してるんですから引っこんでてください」
「必要ないから!俺とシズちゃんの間に入ると危ないし、ほんとに下がってて!」
「僕が呼ばなかったらあなた、ベンチに殴られてましたよね?」
「・・・っ、それは!」
「何度も言わせないでくださいよ、気に入ってるんです、あなたの顔」
下がって、と手で示す帝人に、臨也はぐっと言葉に詰まって一歩下がった。それを見届けてから、帝人は静雄にもう一度向き直る。
「はじめまして、竜ヶ峰帝人です」
あたり一面をなぎ倒し、破壊されつくした公園に2人の男が立っていた。
一人は金髪にバーテン服を着た背の高い男で、今もへし曲がった道路標識を片手に持っている。
もう一人は季節にそぐわぬモッズコートをはおった、全身黒っぽい男で、鋭い視線と片手に持ったナイフでバーテン服の男を睨みつけている。
もちろん、平和島静雄と折原臨也である。
二人は黙ってほほ笑んでさえいれば、さぞかし女性にちやほやされたであろう整った顔立ちをしているのだが、双方、その顔に張り付いた表情でそれを忘れられがちだ。いま現在、その二人は一切の表情をそぎ落としたような顔で、お互いを見据えていた。
周囲に人影はなく、あるのは地面に這う怪我人の山くらいなものだ。興味本位で集まっていた見物客たちも、巻き込まれるのを恐れてとうの昔に去っていた。
「シズちゃんはさ」
静まり返った空間に、臨也が口を開く。以前の臨也ならば決して出さなかった声だ、と、静雄はどこかで思った。
「恋をしたことがある?」
静かな声には感情が読み取れず、ただでさえそういうものに疎い静雄はただ本能に従って眉をしかめた。なぜ今、こいつの戯言を聞いてやっているのだろうと、そんな根本的なところから疑問に思う。とっととこの喧嘩を再開するべきだ、そう思うのに、なぜか口が先に動いていた。
「どういう意味だ」
思っていたよりも怒りの薄れた声だった。そんな問いかけに、臨也が笑う。
「かわいい、きれいだ、美しい。触れたい、声を聞きたい。名前を呼んでほしい、キスしたい、抱きしめたい。抱きしめてほしい、触れてほしい、必要としてほしい、頼ってほしい、信じてほしい。そばにいたい、あきるほどそばにいたい、くっついていたい、一つになりたい。世界で・・・」
おおよそ臨也には似つかわしくない単語をつらつらとあげ連ねて、臨也は小さく息をつく。そのままどこか夢を見るようなぼんやりとした目つきで、かみしめるように言った。
「世界で2人きりで生きていけたらいい。相手にも、同じように思ってほしい」
それは、なんだ?
静雄は知らない人間を見るような奇妙な感覚を覚えて、まじまじと臨也を見つめた。これは、俺の知っている折原臨也だろうか?一瞬の自問自答には、即座にその通りだと返答が返るのに、どうしても、こんなことを言いこんな顔をする折原臨也を、静雄は許容できずに息を吐く。
「ねえよ」
いまさら、取り繕うこともない。静雄は静かに答えた。
幼いころの淡い恋心がちらりと心をよぎったが、あれはあこがれに近いもので、肉欲を伴うものでもなければ世界中のすべてを否定してまで2人きりを望むような、一途でけなげなものでもない。
「だろうね」
その答えは臨也の予想した通りだったようで、軽く頷いた臨也はそのまま、ゆっくりと瞬きをした。何かをかみしめるかのようなその表情は、やはり静雄がはじめてみる類のもので、思わず言葉に詰まる。
「俺も、なかったんだけどなあ」
過去の話をするように言うので、いくら鈍感の静雄でもその意味するところはわかった。そうか、と納得する半面、こいつが?と驚きながら、瞬きをする。
恋をしているのか。
愛だの何だのと語ることがお得意の男が、「愛」ではなく「恋」を使ったことが、その答えのような気がした。
「・・・そいつは好都合だ、なあ臨也ぁ・・・」
雰囲気にのまれそうになる自分を叱咤し、静雄は思い切り低音で唸った。
「その相手の人生がテメエなんかにメチャクチャにされる前に、テメエはきっちり殺してやっからよぉ・・・!」
再開の合図だ。手始めに道路標識をブン投げれば、舌打ちとともに臨也が飛びのいた。
「ちょっと、今の流れでなんでそうなるかなあ、これだから単細胞は!」
「るっせえ!俺はごちゃごちゃ考えんのは苦手だがなあ、テメエのようなやつに惚れられたら、ぜってえそいつは不幸になるって事くらい分かんだよ!」
何しろ折原臨也は歩く災いだ。関わる人間すべてを不幸にし、興味本位で人をつつきまわし、結果としてその人生を狂わせたとしても構わないような男なのだ。
そんな男がまともな恋などするはずがない。静雄の中でそれは決定事項であって絶対だった。必ずこの男は、相手を不幸にする。それを防ぐ為にも、やっぱりここで殺す。今殺す。
備え付けのベンチを振り上げれば、臨也は体勢を低くして大地を蹴った。大きな獲物を振り回そうとする静雄のふところに飛び込んで不意をつく作戦のようだ。上等だ、と静雄は両手に力をこめる。普段なら計算も打算もなく本能のままに投げているはずのベンチを、臨也に届くぎりぎりまでそのまま溜めて、一気に振り下ろす。そんな計算された行動は静雄の行動パターンから見て異例で、だから臨也は本気で驚いたような顔を一瞬見せた。まずい、と体を無理に止めて、地面に仰向けに倒れるような形でベンチを避ける。
そこへ、振り回したベンチをもう一度叩きつけようとした静雄の手は、しかしその場に響いた声によって停止した。
「臨也、おいで!」
静寂の公園に響いた声は、少しあせったような、それでいて冷静を絵に描いたような不思議な余韻を残す。
思わず手を止めた静雄の目の前で、臨也が人間わざとは思えない素早さでバネ仕掛けの人形のように後方に飛びのいた。そのまま、後ろから走ってきた小柄な人影に飛びつき、
「帝人君!ここは危ないから!」
と、らしくないほど慌てた声で叫ぶ。
「大丈夫です」
答えるのは少年の、声変わりをしたのかしていないのかと言うほど微妙な高さの声だった。ゆっくりと静雄のほうに歩いて、顔が確認できるくらいの距離までやってくる。
「・・・んだ、テメエ・・・?」
眉根を寄せて、不機嫌をかろうじて抑えて問う静雄に、少年はこんばんは、と当たり前のように声をかけた。まさか挨拶を返されるとは思わなかった静雄は一瞬声を失い、ついでにベンチを地面に置く。
少年は臨也のように修羅場をくぐってきているようには見えないし、どう考えても殴っただけで吹っ飛ばしてしまいそうだったからだ。
「帝人君!」
まただ、臨也が全くらしくない声でその名前を呼ぶ。まるで普通の人間のように。
これは臨也じゃないんじゃないだろうか、なんて勘違いしそうになるから、困る。その困惑をそのまま表情に乗せて、静雄は無遠慮に帝人を見た。不審そうな態度を隠しもせず、貴様は何者だと問うような視線だった。
「臨也が大変失礼しました」
少年は一つ深呼吸をすると、当然のようにそんなことを言った。その言葉に目を見開いたのは静雄だけではなく、臨也本人もだ。
「ちょっと帝人君!?なんで君がそんなこと!」
「うるさいですね、今僕が話してるんですから引っこんでてください」
「必要ないから!俺とシズちゃんの間に入ると危ないし、ほんとに下がってて!」
「僕が呼ばなかったらあなた、ベンチに殴られてましたよね?」
「・・・っ、それは!」
「何度も言わせないでくださいよ、気に入ってるんです、あなたの顔」
下がって、と手で示す帝人に、臨也はぐっと言葉に詰まって一歩下がった。それを見届けてから、帝人は静雄にもう一度向き直る。
「はじめまして、竜ヶ峰帝人です」
作品名:As you wish / ACT9 作家名:夏野