Secretary
ミシマ
その部屋は、入って数歩の右側から窓になっていて、そこからはシブヤが見渡せる。
数年前の天災で瓦礫と化した中心部から、広範囲に渡り何らかの汚染の恐れがあると一部の人間を除いては近づくことも許されていない。張り巡らされたバリケードは、生と死の境目だった。
黒い革張りのアーム付きチェアに深く身を預けた格好で、三島は目を覚ました。椅子ごと窓の方へ体を向けると、ブラインドの向こうはオレンジに変わる少し前の、色を失いかけた景色だった。
椅子を離れ、目の高さの羽を一枚、指で折り下げる。僅か二、三センチの間からはシブヤ隕石の落下痕が別世界のように黒々と見えていた。いつもあちこちから立ち上っているガスも、闇が濃くなるにつれて紛れてしまう。でこぼことした陰影だけになっていく街の跡を、月の裏側とはあんなようなものかもしれない、と三島は思った。
ブラインドから指を離す瞬間、窓の遥か下に白い花が満開になっているのが見えた。
『そんな時期だったか』
あの夢を見るのは、いつもその花が咲く丁度今頃の時期だ。姿の見えない人に、言葉にならない声に、知らない名を呼ばれる。花が一片残らず散るまで繰り返す。
夢の中の自分らしき人はそれに安心するが、現実に返った自分には毒にも薬にもならない。だから、気に止めないし解明しようとも思わない。少なくともZECTにいる今の自分には必要がない。