Secretary
三島は、隕石災害の被災者だ。
道路で起きた崩落事故に巻き込まれ、せり上がり重なった路面の隙間にいた彼を見つけて保護したのが、現在のZECTだ。
収容先の医療施設で目を覚ました時、災害時の常としてたくさんの質問をされた。しかしそのどれにも、三島は正確に答えられなかった。事故のショックで記憶を失っていたのだ。当然、親や兄弟や友人がどうなったのか、分からない。いや、そんなものがあったのがどうかさえ分からず、調べる術さえない彼はそのまま組織に身を置くことになった。
名も忘れてしまった彼は、事故現場で助けてくれた隊員と担当した医師の名を貰って三島正人と名乗ることにした。三島は与えられた職務を忠実に全うし、後にワーム対策に開発の始まったライダーシステムの被験者の一人になった。
基本の身体能力はもちろん、脳圧の変動、システム影響下でタキオン粒子の定着率や細胞への浸透率。あらゆるデータを取った。他の被験者からのデータと合わせ改良を繰り返すうち、システムは三島の体機能を少しずつ蝕んでいった。
一年を過ぎた頃、重なった負担で味覚は完全に失われ視覚も危うくなったが、他の被験者が次々とシステムに食われていくのを目の当たりにしても彼は開発に携わり続けた。プロトタイプでの戦闘も日常生活も見た目には不安はなく、そうして数年をかけほぼシステムが完成に近づいた今では、三島はシステム開発から少し離れ殆どを本部での管理業務か現場指揮に費やしている。
同じように事故から数年経つが、自分の脳は何も思い出してくれないでいる。もしかしたら被験体となったことで、味覚や視覚のように知らぬ間に失ってしまったのかもしれない。だが、それでもよかった。命を救ってくれたZECTの為に生きるのなら、過去の記憶など必要ないだろう。
ただ、約束。何か大切な人と 約束をした。
それが誰で どんな風に大切で 何を約束したのか。
今は思い出しても詮無いことだ。
夕食代わりのサプリメントを摂ろうと引き出しに手を掛けた時、机の上で現場からの直通回線を示すランプが点灯した。
『ワーム反応 至急応援要請します』
「場所は」
『B区‐15からD区方面へ向かっています』
三島は机上に組み込まれた地図を見た。コンピュータ制御されていて、いつどの班がどこにいるのかすぐに分かる。幸い、ワームの移動先には戦闘を主とした隊がいた。しかし一隊で片を付けられる確率は低い。現場にはまだまだ人材が不足しているのだ。
「そのままD区へ追い込め。A隊は4で待機、私もそちらへ向かう」
『三島さん!』
「心配は無用だ」
回線を切ると、三島は数錠のサプリメントを口に放り込んで噛み砕いた。