格好だけでもつけやがれ。
どれくらいそうしていたのだろうか。いつの間にかうつらうつらしていた浜田は、太もものあたりに走る痛みに目を覚ます。ゆらりと影が顔のあたりにかかったと思った瞬間、其処は三橋の場所だ……汚すんじゃねぇバカ浜田っ、と罵声を浴びせられた。相変わらずな物云い、確認する必要もない。……っひっでぇ、お前ほーんと最悪だな。浜田は顔を少し上げながら掛け声の主に返事をする。予想通り、泉が其の大きな眼を細めながら浜田を見下ろしていた。 本当のこと云った迄だよ、つーかテメー勝手に入って何してんだ。その声はいつもより低いが、泉は怒っている訳でもなさそうだ。目が据わっていない。ちょっと一人になりたくてね、オレだって色々あるんですよ。ふぅ、と息を吐きながら浜田は上体を起こす。気がつけば、空はほんのり朱色に染まり始めていた。結局なにも変わらない。一人になろうが誰かと居ようが、時間が流れて青かった空が朱に変わっても結局自分は自分の儘。不甲斐無い自分が情けなくて、浜田の口から小さな嗤いがこぼれた。なんだ…?と云うように泉が自分に向くのを見留めると、浜田はぺらぺらと話し始める。
なんかさ、最近いいこと無さすぎて疲れたオレ。もうやだどっか行っちまいてぇなぁって感じ。頑張ってんのに体がついてこれなくていろいろ上手くいかねぇし。そんでちょっとウツだわー。なーんでオレこんななんだろ。今日だってさ、三橋がオレのことすげぇすげぇって云うのが辛かった。オレなんか全然すごくないのにさ。結局のトコロ一人じゃなんも出来ないし、諦めたはずの野球だって吹っ切れてなかったし。マジでオレ駄目駄目なのに……なんか騙してるみたいで辛かったぁ。一気に話し終ると、浜田は抱えた膝の上に顎を載せる。浜田が喋り終わっても、泉はうんともすんとも云わない。二人の間に沈黙が流れる。ふいに、隣に立つ泉が動いたような気がして浜田が首を捻った時だった。
おまえは一人になんかなれねぇよ。長い沈黙を泉は突然破った。あー……、っんなのわかってるよ。泉の言葉が図星すぎて、浜田は投げ捨てるように返事をする。自分が如何に駄目かってのはさぁー……よく分かっ……。分かってんだよっ、そう云おうとして泉を見上げた時、此方を見つめる瞳に出会い浜田は黙ってしまった。いつも呆れたような視線ばかり寄越してくる眼が、なんだか優しい。浜田が黙ったのを確認すると、泉はもう一度ゆっくりと言葉を紡ぐ。おまえは一人になんかなれねぇよ…オレらが居っからな。泉はちょっと眉を下げ優しい顔で、困ったとき辛い時はお互い様だろ、と続ける。やっぱ浜田はアホなくらいがちょうどイイ訳よ。おめぇーが元気ねぇと三橋も田島も心配するし、元クラスメートの二人も心配すんじゃんか。だから、何かあるんなら云えよな。愚痴ったっていいんじゃねぇの?
泉の言葉に、浜田は膝に顔を埋める。そして、小さな声で、……うん、と呟いた。泉は其れを見やると思い出したように付け足した。でもさ、三橋にはやめろよな。三橋にとってはさ、浜田は”格好いいハマちゃん”なんだよ。浜田が”ハマちゃん”だって分かったばっかの頃…今もだけど三橋な、お前の話する時まるでヒーローもののアニメの主人公の話するみたいに話すんだぜ?オレ的には、えー……って感じだけど。だからさ、三橋の夢は壊すなよな。ちょっと辛くても、アイツの前ではちったぁ格好付けとけっ。その代り、オレらにはいくらでも頼りゃいいじゃん。つーか寧ろ頼れよな。
そう云う泉の声が優しくて、浜田にとっては優しすぎて。堪えていたものがあふれ出してしまう。 ……泣いてんじゃねぇよバカ浜田。そう云った泉の手が動いた気配がする。また引っ叩かれる。そう思って浜田は蹲ったまま、少し体を強張らせて其れに備えたが、やって来たのはバシンっと云う音でも衝撃でも痛みでもなかった。
やって来たのは……
慰めるような、慈しむような、頭を撫でる優しい手。
( 080704)
作品名:格好だけでもつけやがれ。 作家名:Callas_ma