続きそうな気の迷い
ともあれ綱吉は再度喉を鳴らして、一番訊きたくないことを勇気を出して口にしてみた。
「……た、対象、は?」
誰に。そこがとてつもなく重要だ。
XANXUSは細く嘆息した。そういえば先ほど言っていたではないか。XANXUSも認めたくないと。
「今ここにいるのはオレとてめーだけだ」
「…………」
「てめーがオレ見てサカったように」
節ばった武骨な指が綱吉の喉仏に触れて顎をすべり、頬をゆるく包んで腫れた唇をなぞった。
むやみやたらと含みを持たせた触り方だった。
「オレもどうやらてめー見てサカったようだぜ」
「……うっわ」
そうきたか。
今こそきっちり青ざめた。ありえない。おかしい。
何がどうしたらボコり合いの大喧嘩の末に、二人とも鼻血を出して顔を腫れさせているような状態で互いが互いに欲情するのやら。
「絶対、何かのまちがいだ……」
他に言いようがない。男同士云々という以前に相手はXANXUSであり綱吉である。
どこをどうやったらそんな世紀のミスが起こるのか、心の底から理解したくないと思った。
茫然自失といった様子で固まっている綱吉とは裏腹に、XANXUSは綱吉より頭が回っている。
状況整理が済んだところで、次なる課題はこの状態をどうするかということだ。
ここでXANXUSは綱吉にどうするなどとわざわざ問うたりはしない。どうせ体が治まらないのだ。
この欲情の引き金を引いた相手は折よくずたぼろでころがっている。
XANXUS自身もずたぼろではあったが、タフさにかけても彼は綱吉の上を行った。
つまるところ、了承を得るというまどろっこしいことをせずに、ぼけっとしている綱吉を抱き上げて問答無用で歩き出したのだ。
綱吉が意識を引き戻したのは、XANXUSが執務室の扉を蹴破った後である。
「へっ!? な……ちょっ、お前どこ行く気だ!」
「どこも何も」
XANXUSの歩みは止まらない。アジトの中は今現在も無人だ。ヴァリアーに意気地なしの疑惑が浮上する。
誰の目にも留まらぬまま廊下をずんずんと進み、とある一室の扉をXANXUSは案の定ふたたび蹴破った。本人の私室である。
綱吉を抱えていて両手がふさがっていたからではあるが、それにしたって乱暴な入室だ。
慌てて暴れはじめた綱吉をいなして、XANXUSは無造作に腕の中の荷物を放り投げた。
ベッドに落とされた綱吉は体の節々に響いて小さくうめいてしまう。
「な、に……」
「性欲発散」
端的かつストレートすぎる回答が綱吉を凍りつかせた。その致命的なタイムロスを見逃してやるほどXANXUSは抜けていない。
痩身をベッドに縫いつけて綱吉のシャツのボタンを外していく。
喧嘩のせいでネクタイやらジャケットやらはとっくに脱ぎ捨てていたのだ。それがよもやこんなことになるとは。
「XANXUS、待てって、冗談だよな……!?」
「サカってどうしようもねーって時に相手がそこにいりゃヤるっきゃねーだろ。てめーこそ何ほざいてやがんだ」
「いや、どう考えてもほざいてんのお前だから!」
冗談じゃなかったらしい。呆れ顔で言われてしまうとムカつき度も倍率が高い。
もう慌てるどころの話ではなかった。このままでは二人まとめて道を踏み外してしまう。
それなのにXANXUSは効率的に綱吉を黙らせる。暴れる肢体をきつく押さえつけて顔を固定した。真正面から眼を合わせる。
「よく見ろ。オレもてめーも今から女抱きに行けるって段階じゃねえんだぞ」
「やっ……!」
目を、逸らしたい。深い赤の輝石が劣情に濡れて綱吉を見ている。そこに映る綱吉の顔も、とても見ていられない。
同じだ。同じ顔をして二人見つめ合って、のっぴきならないところで綱吉だけがあがいている。
どくり、と心臓がざわめいた。体内から皮膚をあぶる炎はいよいよもって苛烈で無遠慮。下腹部に熱が溜まって泣きたくなる。
「うそ、だ……! こんなの……っ」
きっとどこかで歯車が狂ったに違いないのだ。
現実を認めたくなくてXANXUSの下から這い出そうと試みてみるものの、手足に力が入らないことに今さら気づいた。
喧嘩の疲労、傷の苦痛、欲情の熱のおかげでゆるやかに思考が堕ちていく。
綱吉は性欲が強い性質ではなかったし、コントロールできなくなるほど肉欲に溺れたこともない。
女性経験はあっても、男相手のこんな事態を経験したことなどあるはずもなかった。
それはXANXUSとて同じことだったが、「まあいいか」な大雑把精神で綱吉を相手にしようとしているところだ。
「目え逸らすなっつの」
「だ、だって見てたら……っ」
もう十分ヤバイところにいるというのに、欲を煽られていたたまれない。どうしろというのだこれ以上。
シャツをはだけられ、ベルトを解かれ、靴は脱がされて衣類を一つずつ剥ぎ取られていく。
肌が外気に晒されるたびに心許なさが増していく。
「あっ、あ……やめ、よ、やめようよXANXUS……」
「うぜえ、いちいち怖がんな。同意の上だろうが」
「いっこも同意してねーぞ!?」
「オレにサカった時点で同意と見なした」
「横暴ー!」
とか何とかやっているうちに、とうとう下着まで攻略されてしまった。裸で震える綱吉の上でXANXUSも服を脱いでいく。
まだ日の出ている時間帯だ。室内も暗くなってくれたりはしない。綱吉の眼は不本意ながらXANXUSの裸体に吸い寄せられた。
「ふわ……」
古傷はともかくその体躯はうらやましい。ゆっくりと覆いかぶさってきたXANXUSの胸元に、思わず手を伸ばして触れてしまった。
硬いしでかいし、どこをどう見ても見事に男の体だ。
なのにそんなものにドキドキしてしまうのだから、もう頭を抱えたい。
あちこち触られるとじんとするし足の間に熱が集中する。下肢が疼く。
顔は紅潮して、怯えとともに期待も抱いているのだと自覚した。
いやな話だ。何度でも言うがありえない。信じられない。
「腹くくって楽しむことだけ考えてろ」
「た、楽しめる、のか……?」
半端なく不安がある。
「それはてめーの協力次第だ」
唇がくっつく。XANXUSとキスしているのに嫌悪感がなくて、むしろちょっとだけきもちよかった。
後には引けない。――ならば身をまかせてみるのも一興か。
瞼を下ろして口腔に舌を招き入れた。粘膜を擦り合わせているだけで、どうしてこんなにきもちいいのだろう。
唇や口の中の傷がぴりぴりと痛んだけれど、それさえ刺激になって性感を呼び起こす。
体がとろけはじめる。力ない腕をXANXUSの背に回すと、ヴァリアーの暴君は獣じみた眼でニィと笑った。
「――第二ラウンドと行こうぜ、綱吉」
「喧嘩じゃねーだろ……ばか」
たぶん似たようなものだけれど。さて、互いにお手並み拝見といこうか。
気の迷いにしては洒落にならないことだが、生々しい触れ合いはそう悪くもない。
まかりまちがって癖にならないよう心して気をつけるべきだ。
「……ん? ところでオレが下? ていうかまさか入れんの?」
間の抜けた疑問はかつてなくきれいに無視されて終わった。
なお、勝敗については誰にも言いたくないと思う。
----------2008/10/31