神様でもなんでもない。
神様でもなんでもない。
冬の雑踏は、コートに身を包んだ人々が寄り添って歩き、何とも温かそうな雰囲気を醸し出している。バイトからの帰り道、浜田はウィンドーショッピングを楽しみながら家路を急ぐ。雑踏の行きかう男女を横目で見つつ、こいつらの殆どは此間の勝者なんだろーな、と浜田は評価した。先日バレンタインが過ぎたばかりの街は、今だにあの甘ったるい雰囲気を引きずった儘だ。傍から見たら、オレは敗者に見えんのかな。浜田はふっ、と鼻で嗤うと改札に駆け込む。浜田の場合は、不戦勝と云えば不戦勝で、不戦敗と云えば不戦敗と云う、何とも微妙な立場だった。恋人は、只今受験戦争真っ最中、バレンタインなんぞに構っていられる場合ではない。浜田も其れは分かっているし、実際付き合いだしてから、バレンタインになんか興味は無くなってしまった。
こんなもの、お菓子業界の策略に嵌められてるだけじゃねーか。未だ二人が中学生だった雪のバレンタイン、放課後の教室で泉と二人残っている時だ。何人かの女子に貰ったチョコレートを齧っている浜田に、冷たく云い放つと、泉は、自分も女子からもらったチョコレートを齧った。そんな泉に、えー……でも貰えるのって嬉しくねぇ? ある意味自分が其のコミュニティで如何云う位置にあるかの指標にもなるしさ、と浜田は云ってやる。泉は白い目で浜田を見ると、盛大に溜息を吐き一言、……くっだらねぇ、と漏らした。オレは如何でもいいね、誰に如何思われようと。泉はそう云うと、貰ったチョコレートの一つを指で摘むようにして、何が悲しゅうてこんなもの貰うのに愛想振り撒かなきゃならんのか、と呟いた。泉が云うには、自分は好きな奴に好かれていれば其の他は如何でも良くて、勝手に寄越してくるからとりあえず受け取ったまで、とのことらしい。……うわー、女子が聞いたら怒るか泣くかって感じだなぁ、と口には出さないが、浜田は苦笑いで其れを聞いたものだ。
そんなことがあって、泉はバレンタインに興味がない、と分かり、浜田は泉と付き合いだしてからは、二月十四日を意識することは無くなってしまった。泉の云う通り、好きな奴に好かれていれば別に如何でもいい、と浜田も思う。確かにイベント如きに左右されるような仲なんて云うものは薄っぺらくて仕様もない。二人は、誕生日は別として、バレンタインだろうがクリスマスだろうがどちらも何かを要求するわけでもなく、例年普通に過ごしている。と云っても、たいていは野球部の連中とワイワイ過ごしているのだが。浜田は其れに全く不満はない。一緒にいられたら……其れだけで充分じゃないか。
電車はホームに滑らかにすべり込む。最寄り駅に着き、浜田は電車を降りた。吹き曝しのプラットフォームは突き刺すように寒い。もうすぐ日付が改まる時間ながら、駅にはまだまだ人が多くいる。都内から帰路に着く社会人の群れは酷く疲れていて。其れを見ると、浜田は遠く離れている家族を思い出した。オヤジ……元気かな。ふと目に入った、中年のサラリーマンに、父親を重ねる。くたびれた背広に、年季の入った鞄、使い込んだマフラー。……きっとオヤジもあんな風に働いてくれてたんだなぁ、昔はよく分かってなかったけど。そう思うと、本当に家族が恋しくなる。父親は、母親は、弟は、一体如何しているのだろうか。九州までの足代は結構かかる。一人暮らしで、学生アルバイトの身分では、そんなにしょっちゅう会いに行くことはできない。……やっぱ、ちょっと淋しい、かな。そう思うと、浜田は少し俯いた。斯う云う瞬間、家族の有難さが一際身にしみて感じる。家に帰れば明かりが付いていて、ただいまと云えば当然のようにおかえりと返ってくる、そんな”家と家族”が酷く恋しくて堪らない。改札を抜け、前を見据える。なんだか自宅までの道のりがやけに遠く感じられた。
結局のところ、自分はとんでもなく淋しがり屋なのだ。今から夕飯を拵えるのも面倒だということで、副菜を買ったコンビニの、明るい蛍光灯の光から遠ざかりながら浜田は思う。家族から離れて埼玉で暮らすことにしたのは自分で……、一人で暮らすことを選んだのは自分であるのに、何処かで間違ったんじゃないかと云う不安に時折苛まれる。そう云う時、必ずと云っていいほど、誰かに頼ってしまう。其れは、梶山と梅原であったり、時には三橋家だったり。特に三橋家の存在は、浜田にとって本当にありがたい存在になっている。三橋に連れられ突然お邪魔しても、三橋の両親は、実の息子のように自分を可愛がってくれ、温かく迎えてくれた。……やっぱ、家族っていいよな。其の思いに浸りつつ、近づいてきた自宅を見上げた時だ。閉じてあるはずのカーテンの隙間から明かりがもれている。其れを見留めると、浜田は走って玄関へと急いだ。
ばたばたと足音を響かせ、勢い良くドアを開ける。……おっ、おめぇなぁ何時だと思ってんだよ。ご近所に迷惑だろうが。出会いがしらの一声はお小言だった。玄関すぐのキッチン、眉間に皺をよせ、呆れたように自分を見つめてくる泉。……あっ、いっ、なんっ。まさか会えるなんて思ってもいなかった浜田は、驚きと嬉しいのがごちゃまぜになって、上手く喋ることが出来ないでいる。あぁ? 三橋は一人で十分だよバカが、と浜田の其れを聞き、泉は苦笑した。其れから、浜田……寒い、早くドア閉めろ、と腕を摩りながら云う。其の言葉に、浜田はやっとのこと、ドアも閉めないでいたことに気づき、慌ててドアを閉める。そして、……ただいまっ、と云ってみた。泉は一瞬、おや、という顔をしたがすぐに、おかえり、と小さく笑って返してくれる。其の笑顔があまりに温かく感じられて、浜田は思わず涙ぐみそうになった。 ……は、おまえ何で泣いてんの? と泉は少し困惑気味に訊ねたが、浜田の手にあるコンビニの袋を見つけ中を覗くと、あっ! てめぇまた揚げ物ばっか買いやがって、……まぁいいや、サラダに付け合わそう、と云い其れを引っ手繰っていく。飯炊いてあったから、カレー作っといた。早く上着脱げ。オレぁ腹減ってんだ。そう云うと、泉はまた台所に向き直ってしまう。先程まで考えていた、家族っていいな、というのを改めて実感し、浜田は嬉しくてへらっと頬が緩む。其れを見た泉に、……浜田、キモイ、と睨まれたが、其れすらも浜田には愛おしく嬉しい。
冬の雑踏は、コートに身を包んだ人々が寄り添って歩き、何とも温かそうな雰囲気を醸し出している。バイトからの帰り道、浜田はウィンドーショッピングを楽しみながら家路を急ぐ。雑踏の行きかう男女を横目で見つつ、こいつらの殆どは此間の勝者なんだろーな、と浜田は評価した。先日バレンタインが過ぎたばかりの街は、今だにあの甘ったるい雰囲気を引きずった儘だ。傍から見たら、オレは敗者に見えんのかな。浜田はふっ、と鼻で嗤うと改札に駆け込む。浜田の場合は、不戦勝と云えば不戦勝で、不戦敗と云えば不戦敗と云う、何とも微妙な立場だった。恋人は、只今受験戦争真っ最中、バレンタインなんぞに構っていられる場合ではない。浜田も其れは分かっているし、実際付き合いだしてから、バレンタインになんか興味は無くなってしまった。
こんなもの、お菓子業界の策略に嵌められてるだけじゃねーか。未だ二人が中学生だった雪のバレンタイン、放課後の教室で泉と二人残っている時だ。何人かの女子に貰ったチョコレートを齧っている浜田に、冷たく云い放つと、泉は、自分も女子からもらったチョコレートを齧った。そんな泉に、えー……でも貰えるのって嬉しくねぇ? ある意味自分が其のコミュニティで如何云う位置にあるかの指標にもなるしさ、と浜田は云ってやる。泉は白い目で浜田を見ると、盛大に溜息を吐き一言、……くっだらねぇ、と漏らした。オレは如何でもいいね、誰に如何思われようと。泉はそう云うと、貰ったチョコレートの一つを指で摘むようにして、何が悲しゅうてこんなもの貰うのに愛想振り撒かなきゃならんのか、と呟いた。泉が云うには、自分は好きな奴に好かれていれば其の他は如何でも良くて、勝手に寄越してくるからとりあえず受け取ったまで、とのことらしい。……うわー、女子が聞いたら怒るか泣くかって感じだなぁ、と口には出さないが、浜田は苦笑いで其れを聞いたものだ。
そんなことがあって、泉はバレンタインに興味がない、と分かり、浜田は泉と付き合いだしてからは、二月十四日を意識することは無くなってしまった。泉の云う通り、好きな奴に好かれていれば別に如何でもいい、と浜田も思う。確かにイベント如きに左右されるような仲なんて云うものは薄っぺらくて仕様もない。二人は、誕生日は別として、バレンタインだろうがクリスマスだろうがどちらも何かを要求するわけでもなく、例年普通に過ごしている。と云っても、たいていは野球部の連中とワイワイ過ごしているのだが。浜田は其れに全く不満はない。一緒にいられたら……其れだけで充分じゃないか。
電車はホームに滑らかにすべり込む。最寄り駅に着き、浜田は電車を降りた。吹き曝しのプラットフォームは突き刺すように寒い。もうすぐ日付が改まる時間ながら、駅にはまだまだ人が多くいる。都内から帰路に着く社会人の群れは酷く疲れていて。其れを見ると、浜田は遠く離れている家族を思い出した。オヤジ……元気かな。ふと目に入った、中年のサラリーマンに、父親を重ねる。くたびれた背広に、年季の入った鞄、使い込んだマフラー。……きっとオヤジもあんな風に働いてくれてたんだなぁ、昔はよく分かってなかったけど。そう思うと、本当に家族が恋しくなる。父親は、母親は、弟は、一体如何しているのだろうか。九州までの足代は結構かかる。一人暮らしで、学生アルバイトの身分では、そんなにしょっちゅう会いに行くことはできない。……やっぱ、ちょっと淋しい、かな。そう思うと、浜田は少し俯いた。斯う云う瞬間、家族の有難さが一際身にしみて感じる。家に帰れば明かりが付いていて、ただいまと云えば当然のようにおかえりと返ってくる、そんな”家と家族”が酷く恋しくて堪らない。改札を抜け、前を見据える。なんだか自宅までの道のりがやけに遠く感じられた。
結局のところ、自分はとんでもなく淋しがり屋なのだ。今から夕飯を拵えるのも面倒だということで、副菜を買ったコンビニの、明るい蛍光灯の光から遠ざかりながら浜田は思う。家族から離れて埼玉で暮らすことにしたのは自分で……、一人で暮らすことを選んだのは自分であるのに、何処かで間違ったんじゃないかと云う不安に時折苛まれる。そう云う時、必ずと云っていいほど、誰かに頼ってしまう。其れは、梶山と梅原であったり、時には三橋家だったり。特に三橋家の存在は、浜田にとって本当にありがたい存在になっている。三橋に連れられ突然お邪魔しても、三橋の両親は、実の息子のように自分を可愛がってくれ、温かく迎えてくれた。……やっぱ、家族っていいよな。其の思いに浸りつつ、近づいてきた自宅を見上げた時だ。閉じてあるはずのカーテンの隙間から明かりがもれている。其れを見留めると、浜田は走って玄関へと急いだ。
ばたばたと足音を響かせ、勢い良くドアを開ける。……おっ、おめぇなぁ何時だと思ってんだよ。ご近所に迷惑だろうが。出会いがしらの一声はお小言だった。玄関すぐのキッチン、眉間に皺をよせ、呆れたように自分を見つめてくる泉。……あっ、いっ、なんっ。まさか会えるなんて思ってもいなかった浜田は、驚きと嬉しいのがごちゃまぜになって、上手く喋ることが出来ないでいる。あぁ? 三橋は一人で十分だよバカが、と浜田の其れを聞き、泉は苦笑した。其れから、浜田……寒い、早くドア閉めろ、と腕を摩りながら云う。其の言葉に、浜田はやっとのこと、ドアも閉めないでいたことに気づき、慌ててドアを閉める。そして、……ただいまっ、と云ってみた。泉は一瞬、おや、という顔をしたがすぐに、おかえり、と小さく笑って返してくれる。其の笑顔があまりに温かく感じられて、浜田は思わず涙ぐみそうになった。 ……は、おまえ何で泣いてんの? と泉は少し困惑気味に訊ねたが、浜田の手にあるコンビニの袋を見つけ中を覗くと、あっ! てめぇまた揚げ物ばっか買いやがって、……まぁいいや、サラダに付け合わそう、と云い其れを引っ手繰っていく。飯炊いてあったから、カレー作っといた。早く上着脱げ。オレぁ腹減ってんだ。そう云うと、泉はまた台所に向き直ってしまう。先程まで考えていた、家族っていいな、というのを改めて実感し、浜田は嬉しくてへらっと頬が緩む。其れを見た泉に、……浜田、キモイ、と睨まれたが、其れすらも浜田には愛おしく嬉しい。
作品名:神様でもなんでもない。 作家名:Callas_ma