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神様でもなんでもない。

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遅い夕食を済まし、風呂を済ませ、髪を乾かし合うと、二人はいそいそとベッドに入る。大寒を過ぎたと云え二月の真夜中。エアコンを付けていても、深々と冷え込んでくる。大して広くもないベッドに大の男が二人。いくら泉が小柄とは云え、若干の窮屈感は否めない。けれど、こんな寒い日はぴったりとくっついた背中合わせの体温が心地よかった。……浜田、明日は?掛け布団の位置が気に入らないのか、もぞもぞと動きながら泉が言葉を発する。其れに対し浜田は、あー、明日は昼から夕方までバイト、と返事をし、なんで? と付け足す。泉は其れを聞くと、今まで閉じていた眼を開き、何かを決心するみたいに間を開けてから静かに口を開いた。明日、合格発表なんだ。浜田が、そっか、とだけ答えると、泉は、静かに続ける。……オレさ、ぶっちゃけあそこの大学しか行く気無いんだ。だから、明日落ちてたら浪人すっから。だから、浜田は明日オレがどっちに転んでも、いつも通りでいろよな。泉はそう云うと、ふーっと息をついた。其れに対し浜田は未だ黙った儘だ。浜田は少し動揺していた。全くそんな話は聞いていなかったのだ。明日の合格発表で泉の今後一年が決まる。受かってほしい、泉が自分で望む道を進んで行けるなら。そんな気持ちの一方で、浪人してもう一年今のような暮らしが続いたら、とも思う。

何も云わない浜田を訝しんだのか、泉は、おい聞いてんのかよ、と布団の中、浜田の足を蹴った。ようやく浜田は、ちゃんと聞いてるよ、わかった、と返事をすると、寝返りを打って泉の背中を見る。今、人生の岐路に立たされている自分よりも小さな背中を見ると、浜田は自分を恥じた。浜田は怖かったのだ。新しい生活が始まって、泉が自分の手の届かない遠くへ行ってしまうんじゃないか。親元から離れて一人暮らす浜田に、時々家にやってきては、『おかえり』を云ってくれる泉が、いなくなってしまうんじゃないか。そんな不安に駆られて、ちょっとでも、落ちてしまえばいい、と思った自分が、酷くて情けなくて恥ずかしかった。詫びたい気持ちから、でも其れは口にできなくて、浜田は後ろから泉の体を抱きしめると、首筋に顔を埋める。泉は少し身じろぎをして、不機嫌そうに、……なんだよ、ヤりてぇのかよ、と云うと溜息を吐いた。浜田は、静かに、けれどはっきりと、ちがう……寒いんだ、と答える。今の浜田は、不安で堪らなくて心の底から凍えそうだった。物理的な繋がりより精神的な繋がりが欲しくて仕方がない。其の精神的な寒さを埋めるように、浜田はもう一度、泉の体を抱きしめなおした。泉は、寝返りを打って浜田と向き合うと、……わりぃ勘違い、と云い、浜田の胸に顔を埋める。二人は、体温を分かち合い、寄り添うようにして眠りに落ちていった。

翌朝、遅い朝食を済ませると、二人は十一時過ぎに浜田の家を出た。電車に乗り込み、暫くした頃だ。不意に泉が、其の大きな眼で浜田を睨むように見つめてくる。何だ? という様に浜田が見つめ返せば、……おまえ、夕べ云ったこと覚えてるか? と泉が低い声で尋ねた。覚えていると返事をすると、泉は、……あっそ、と答え、視線を窓の外へ向けてしまう。おそらく緊張しているのだろう、と浜田は推測する。普通に考えて緊張しない方がおかしいかも知れない。此れから見に行く結果次第で今後一年間の過ごし方が決まってしまうのだから。いつも動じることも少なく、どちらかと云えばクールな泉が、緊張しているのを見て、やはりなんだかんだいっても年相応なのだと、少し可愛らしく思える。乗り換えで二人が別れる駅に列車が入線する。扉があき、泉がホームに降りた。じゃぁな、とだけ云うと泉は階段に向かおうとする。泉っ、と浜田は彼を呼びとめ、発車音の中、気負わずに見といで、そう云うと車内からホームに立つ泉の頭を無造作に撫でた。泉は一瞬、眼を大きく開いたが、すぐに、おっせっかいヤローが、と毒づく。けれど其の顔は怒っていないようで、気恥しそうに、本当に少しだけだけれど、微笑っている。プシューッと、圧縮空気の音がしたので浜田は手を引っ込めた。ドアが閉まり、浜田は内側から手を振る。其れに対し泉は、ばーか、と唇をかたどると悪戯を仕掛けた子供のように笑い、踵を返した。

聞くまい、と思いつつも、やはり気になってしまう。バイト中であるにも関わらず、泉の合格発表が気になって仕事に身が入らない。気もそぞろな六時間を過ごすと、家路を急ぎながら浜田は携帯を取り出す。着信もメールもない。……こりゃぁどっちなんだ。受かったのかそれとも落ちたのか。浜田にはいまいち判断しかねた。落ちたらわざわざ連絡したくない気持ちも分かるし、かと云って、受かったとしても泉が喜び勇んで連絡してるような感じはない。 ”どうだった?”と聞くのも何となく憚られて、浜田は考え込む。昨晩と同じように、同じ駅の改札を通り、同じ路線の電車に乗る。いつもの繰り返し、其れを行うのに、何故か一つ一つ緊張する。さんざん悩んだ挙げ句、「世界で一番短い手紙」を利用することにした。『レ・ミゼラブル』のヴィクトル・ユーゴーが出版社と交わしたと云う、有名な話。浜田は、『?』とだけ打ちメールを送信すると、窓の外に目を遣る。二月の陽はまだまだ短く、窓は闇に覆われている。

……一寸先は闇、か。窓の外の暗闇を見ながら、浜田は何とは無しにそう思った。此れまで考えようとはしなかったが、確かに此の今の次の瞬間、何が起きるか分らない。もしかしたら、隣に立つ人が突然刺してくるかも知れないし、此の列車が脱線するかも知れない。人生なんて云うのは、暗闇の中を手探りで進むようなもんだ……。そんなことを思った時だった。手にしていた携帯が震え、メールの着信を告げる。画面には泉の名前。慌ててメールを見ると、其処には、『!』の文字と、泉のものらしき受験番号がでかでかと中央に鎮座する画像が添付されていた。 ……うわっ、やった! 一瞬叫びそうになったが、此処は公共、電車の中、と思いとどまり、浜田は手で口を押さえた。自分のことのように誇らしい。泉、よかったな。六大学で野球したいって云ってたもんな。浜田は今すぐ会って、抱きしめてから頭を此れでもかってくらいに撫でまわしたい気持ちになったが、実際そんなことをすれば殴られるだろうし、其れは泉の家族に譲るとして、『おめでとう』とだけ打つと返信をした。……でも此れで、ほんと分かんなくなっちゃたな。最寄りの駅に降り立った頃、ふとまた昨晩の不安に駆られたが、今はとにかく泉を精一杯祝おうと決め、浜田は明日の準備をするべく、其の足で買い物に出かけた。
作品名:神様でもなんでもない。 作家名:Callas_ma