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闘神は水影をたどる

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 アルは行商のテントの陰から一点を見つめていた。フェリドも身を屈めて尋ねる。赤い馬がぶるぶると首を振りながら、通りの隅に立っているのが見えた。
「あの馬か?」
「たてがみが一部分だけ白いのさえ確認できれば」
 馬がいなないて首を下に伸ばした。焦げ茶のたてがみが丸見えになり、嘘のように白い筋が走っているのが見えた。アルはほっと安堵の息を吐いた。
「取り返さなければ」
「行ってくる」
「フェリド?」
 自分の馬の手綱をアルに渡して、フェリドが長身を立て直した。呼び止めたアルを逆に制して、すいと通りに歩き出す。アルはそれ以上追いかけることができなかった。フェリドの横顔があまりにも悲哀に満ちて見えたからだ。
 フェリドはゆっくりと歩を進めていった。馬の横でぱんぱんと掌を叩きながら客を呼び込む者に近づき、しゃがみこんだ。
「フェリド様」
 舌足らずにそう発音して、売り子は前に転ぶようにお辞儀をした。そうするとフェリドの股ぐらに転がり込めそうなほど小さい。背骨のひとつひとつが浮き出した、薄い背中だった。フェリドは微笑んだ。
「良い馬だな」
「そうでしょう」
 そのこどもは得意げに笑った。生え替わりかけの前歯が乾いた唇のあいだから覗いて、ひゅうひゅうといった。逸らした胸に浮き出たあばらの下は痩せ、余った下穿きの腰回りがぐるぐると巻きつけてある。頬は頭蓋の形に沿って曲がり、やたら大きな黒い目がぎょろぎょろとこちらを見上げてくる。フェリドは赤い馬を見上げて尋ねた。
「おやじが育てたのか?」
「……そうです」
 こどもは、唇をとがらせながらもじもじと身体を動かした。裸足のあしの後ろに、売り出しにあたって外したと思われる鞍やくつわがまとめて転がされていた。
「俺が買おう」
「ほんとうですか」
 嬉しそうに言った言葉はほとんど掠れていて、フェリドに渡された小さな巾着袋を手にしたときには顎が動くだけで声にならなかった。
「こんなにもらっていいんですか」
「ああ、それぐらいしかしてやれんのだ」
「そんなことありません。フェリド様は神様のようです」
 フェリドは微笑んだ。馬の装備をすべて置いていくように言って、こどもの走り去る後ろ姿を見送った。赤い馬は心得たようにおとなしく、濡れた黒い瞳でひたとフェリドを見つめていた。
 馬を引いて戻ると、アルの姿はフェリドの馬とともに忽然と消えていた。
 これはやられたかな。
 脳裏をよぎった考えに信じがたいほど自分が打ちのめされていることに気づき、フェリドは空に向かって溜息を吐いた。溜息は金色の太陽に包まれ、あたたかくフェリドに返ってくる。
 こどもがつけていた捨て値ではなく、相場の金を払った。神様といわれたのだ。
 そう教えたらあの宵の明星のような少年がどう言うかを知りたかった気がした。少年が他人を騙すような人間かどうか、フェリドの直感は否と言う。しかし、少年は愛馬とともにいなくなり、目の当たりにしたのは小さな民のいたいけな姿である。年端もいかないこどもが盗みをはたらいてでも生きていこうとする姿が、フェリドの心を燃やしていた。
 ああ、それぐらいしかしてやれんのだ。いまこの俺は、そんな刹那の傲慢しか。
 フェリドは赤い馬の手綱を引いて、にぎやかな市場をあとにした。


作品名:闘神は水影をたどる 作家名:めっこ