闘神は水影をたどる
亡命の者、獄中にて
イザクはサルガンに蹴り上げられた顎を撫で回していた。あれから四日経とうというのに、容赦のない脚の切れがいまだに瞼の裏に残っている。脛当てを付けられていたら死んでいたかもしれない。
四日前より地下の貯蔵庫から雑居房に移されていた。
女兵士は、囚人を装って同房のとある三人に悟られぬよう彼らのはなしを盗み聞きしてこいといった。聞いたとおりの真実を教えると思うのかとイザクが悔し紛れに尋ねると、
「なら不敬罪の罪状がおまえの首を落とすだけだ」
サルガンは鼻で笑った。
それからイザクはここにいる。待遇は変わらない。ぼろぼろの一張羅がぼろ布の借り物になった。
房にはイザクの他に四人の囚人が転がっていた。
イザクの入房のときからひたすら寝続けている男がひとり。その寝姿は死んでいるわけではないが、生きている様子もない。粗末な食事のときだけ起きあがって口を動かした。
そして夜中にひそひそと口を動かす男が三人。こちらがサルガンの言う男たちだった。
祖国に帰る、それも群島諸国連合の象徴たるオベル艦隊の庇護下でという好条件を呑まない選択はたしかになかった。しかし自分を蹴りつけた女の狙うとおりに、二日目にはイザクへの警戒を怠って密談を交わす男たちに苛立ちは禁じ得なかった。
イザクのだらしなく伸びた足の先に、食事につかった膳が積まれている。
サルガンは姿を見せない。雑居房は一等兵の彼女が頻繁に訪れる場所ではない。男たちの密談が火急のものである場合のみ、下膳の際、匙を兵士に直接手渡せと言われていた。その翌朝にイザクの房移動の通達が入る予定が決まっている。実際は晴れて取引成立のときという算段だった。
三人の男の密談は続いている。
(いったい俺たちはどうなるんだ?)
いったいなにが起こっている。
(言われたとおりにしても保証人が来ない。どうするんだ。もう四日経つぞ。このままじゃあ俺たち……)
誰か、誰か教えろ。
(海賊と拐(かどわ)かしって、どっちの罪が重いんだ)
祈っている場合か。扉の外を見ろ。
焼ける。火矢が。
(河の国と海の国じゃ、法の重きが違うんじゃないのか)
なぜ我が国がこんな仕打ちを受けるのか、俺にはさっぱりわからんぞ。
俺を誰だと思ってる。俺は、俺にはこんな。
(なんで俺たちがこんなめに遭わなきゃなんねえんだ。話が違う!)
何故、
イザクは話し声で目を覚ました。
三人の男たちが口を噤んでこちらを窺い見た。体力の消耗に逆らえず、多少眠り込んでいたようだった。
目を擦りながら足のさきを見遣る。積まれた膳の下に、さきほど見た向きのままの影が落ちていた。その上には無造作にまとめられた匙が五本ある。廊下の端から、ひとつひとつ格子窓の開閉する音が聞こえた。
慣れない石の床に、イザクの腰は限界を迎えていた。
四日間で聞き留めた言葉を反芻しながら、汚れた匙の一本を掴んだ。顎が震えた。
イザクは格子越しに匙を差し出した。