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闘神は水影をたどる

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 水場でフェリドとの会話を終えたあと、サルガンはすぐにリグドを追いかけ、自分の考えを伝えた。彼は、フェリド以外の人間に対してはサルガンを上回って慇懃だった。
「あの密航者を? 本気でそのようにお考えですか」
「そう思っています」
 リグドは兄よりも繊細な黒目を伏せて思案顔だったが、やがて頷いた。
「やつを見つけたのがロゼリッタとニコの両四等で幸いだったかもしれません」
 彼もまた、オベル艦隊の醜聞を外に出す時期ではないと充分に考えていた。
 サルガンは地下貯蔵庫の入口に立つ海兵にだれも近づけないように言い置き、暗い階段を降りた。地下通路は初夏の陽気を遮りひんやりと静まりかえっている。つかえ棒を扉から外して木の扉を開く。指が軋んだ。
 暗闇に慣れた視界に、うつろな表情を貼りつけた男が芋虫のように身体をまるめて倒れているのが浮かび上がった。
「気分はどうだ」
 男はちらりと目を上げて、答えなかった。サルガンは酷薄な笑みを唇に載せて続けた。
「国へ帰りたいか」
「……なにをしに」
 男の目にちろりと憤怒の炎が灯るのを見て、サルガンはしめたと思う。死人のような相手と話をつけるなど御免だった。早速頭の中の情報を整理する。
 ナサ島の神獣鏡を持っていた男。ナサ島の祭祀らしい男。
 ナサ島は群島諸国のなかでも辺境の小さな島だ。発展途上にあるその小国は、洋上会議入りを果たすことを国命としていた。国土の半分の火山とうまく折り合いながら、宝石の原石の輸出、宝飾細工が盛んだった。内乱の起こった島。ナサ王家は虐殺に遭い、からがら生き残った者にも追討の手が打たれたと聞く。
「私の頼みを聞いてくれたら、ナサへオベル艦隊とともに帰してやろう」
 男は顔を半分床に沈めたまま喉から唸り声を上げた。まるで手負いの獣だった。サルガンは唇を上品にすぼめて溜め息を吐いた。
「では、島で何があってオベルまで逃れ出たか、おしえてくれまいか」
 腰の留め金から剣鞘を外し、支えにして床に胡座をかく。
「あんなちいさなロゼリッタ様に八つ当たりするほどには酷いめに遭ったのだろう?」
「あれはなんだ」
「あの方は、この国の第一王女殿下さ」
 男は顔を歪めた。泣き笑いのような表情に苦悶と憎悪が透けて見える。床に顔が押しつけられ、引き絞るような哄笑が聞こえてきた。サルガンは剣の鞘に体重を預けて待った。啜り泣きのような昏い笑いかたが続いた。
「知っている。俺は知っているよ。ああいう平和に溺れた呆けをな」
「そうかい。それはおまえのこと?」
「貴様がなにを知っている!」
 男は凄まじい形相で唾を飛ばした。必死で身を捩り立ち上がろうとする。頭や背中を木箱に打ちつけ、左右へばたつく。薄皮を張っていた傷が開いて、血が再び男の着物を汚した。その姿はいかにも無様だった。
 サルガンは立ち上がり、藻掻く男の前に仁王立ちした。突然近づいてきた女を地獄の底から見上げるように顔を上げた男の、その涎と涙に汚れた顎を、蹴り上げた。男は強烈に木箱に叩きつけられ、恰好としては座った体勢で目の焦点を泳がせた。
「おい。いまはおまえが誰かはどうでもいい。こんなところでこどもに当たり散らしている元気があるなら、国に正当な手段で帰れる機を振ることこそが、呆けと知れ」
 一喝した。びりびりと土壁が震える衝撃があった。
 男は億劫そうに顔を上げた。なんとも酷い顔だった。
「なにをしろと」
 サルガンは寒気を覚えるような美しい笑顔を浮かべた。
作品名:闘神は水影をたどる 作家名:めっこ