闘神は水影をたどる
「痛いぞ」
「ご冗談を。総督の拳骨をくらってぴんぴんしているのは貴方くらいだ」
「いいや。最近は総督も考えておいでだ。今日みたいな任に俺を就かせるとかな」
好敵手の小気味よい反撃を食らったように、フェリドはにやにやと頬を緩める。
海軍総督が、振るいたがりのフェリドの戒めに監視所での索敵任務を言いつけたのは明白だったが、サルガンには、この青年に堪えられるはずがないのを見越していたように思える。なにせフェリドは、完璧なまでにあの総督の血を受け継いだ、息子なのだから。
「半刻で戻らなければ規定どおり船を出します。私は副官として、最大限お止めした」
「洋上会議で問題になるようなら、そのように証言しよう」
「友人としては」と、サルガンは海風に乱れる赤い髪を払いのけた。「いまから四半刻で帰ってくれば、昨晩手に入ったカナカン酒の相伴を。どうだ」
「相伴? お前の冗談は笑えんぞ。全部飲んでやるさ」
フェリドはサルガンの抱える着物の上に靴を投げて寄越した。
「俺が連れてきた兵がもう港に着いているはずだ。手が足りんところに回せ」
「泥のついた履物まで私に持たせるな。そこへ置いていけばいい」
サルガンが顔を背けながら文句を言うのへ、フェリドは明るく笑い声をたてた。海面で反射した陽光が、彫りの深い顔立ちに色濃い影をつくった。
「それではまるで入水だろう」
ぱっと飛び込んだしなやかな体が碧い水面に潜っていくのをサルガンは目で追った。水飛沫が白い石造りの埠頭に灰色の染みを飛ばした。数秒後に顔を出したフェリドは、まるで波間に漂う椰子の実のように見えた。フェリドの残した白い泡が完全に消えてなくなるまで、サルガンは埠頭に立ち尽くしていた。