闘神は水影をたどる
空を覆った雲が日を陰らせる。まるで水面下を海獣が進む影を見るかのように、たちまち海が暗い紺色に様変わりした。慌ただしく露店をたたむ行商の姿が港のあちらこちらを回るようになった途端、雨がオベルの町を打ち叩いた。紺碧の美しい海原もこのときばかりは、肉食獣の牙のような鋭い飛沫に一面、覆われる。
空が光り、雷鳴が轟いた。
稲光に浮かび上がったフェリドの双眸は、捉えた危険を即座に斬り捨てる、闘士のものに変わっていた。サルガンは視線の先を追い、口を開いた。
「あの者たち、気になりますね。あんなもっともらしいことを言ってはいたが、海賊ではないでしょう」
おとなしく海兵に連れ添われる海賊たちをさしてのことだった。彼らの頬はまだかすかに青褪めている。捕縛された消沈からくるものではなく、ほんとうに、血流の上下動を透かすほどに肌が白いのである。
海水に飛び込んだといえども季節は初夏。払拭しきれない生来の皮膚の色が、フェリドの頭にも強い違和感として残っているに違いなかった。
「群島の者かどうかも、疑わしいところです」
「もうしばらくイーヴェ周辺の巡回に当たれ。航路解禁は終わってからだ。連中の牢は、どこに入れても構わんが、誰か囚人の中に紛れさせておけ」
サルガンは少し目を見開いた。
目的はともあれ、彼女の目には、彼らは悪党としては紛うことなき小物に見えたからだ。しかしすぐに居を正し、不穏事項として頭に刻み込んだ。
フェリドは身支度を調え、大股で豪雨のなか出ていった。海兵詰め所の軒下に畳んであったフェリドの着物はこの場にいる者の中では唯一乾いたものだったにもかかわらず、頓着しない主のおかげで瞬く間に色を変えてしまった。追いかけてきた三等兵から外套を手渡され、苦笑してそれをまとうと、また悠々と港を去っていく。
その姿がサルガンからも見えた。髪の隙間から雨に流されていく汗を心地よく、また首元に溜まっていく雨を不快に感じ、肩に落としていた頭巾を無造作に上へ引き寄せる。
きっと監視所に向かうのだろうと、雨越しにフェリドの行く先を思う。
だがはたして確実に任へ戻るだろうかと考えて、彼女は目を眇めた。額から伝い落ちてきた雨粒が瞼のうちへ入ったのである。
はたしてあのひとは戻ってくれるのだろうか。もうまもなく、八月に入れば昇任式典が執り行われる。
己の無粋な詮索に気づき、サルガンはぐいと眦を拭った。
歪んだ視界の向こうの雲がくっきりと割れて、裂け目からふたたび陽光が王都を照らし始めていた。しかしサルガンの立つ港はいまだ豪雨に打ちひしがれ、頭上に重たい暗雲をかついだままだ。フェリドの歩く先にもまだ、激しい天からの気紛れが容赦なく降り続いている。