闘神は水影をたどる
2.第三大艦モノセルノにて
オベル王国海軍第三大艦モノセルノ甲板から白い主港を眺め、スカルド・イーガンは年甲斐もなく歓声をあげた。
「見ろ見ろ、光ったぞ。お、あれは落ちたな。見たかいまのを」
「ご自分の都に雷が落ちてなにが楽しいのです」
隣に控えた年若い海兵の少女が、強さを増す雨に負けじと声を張り上げた。白い制服は真新しく、降りしきる雨水を弾き、少女の体をあいにくの悪天候から守っている。柔らかに櫛梳られた栗毛も幼く、軍門に入って間もないことがうかがえた。
「そう鼻息を上げるな。なにせ島でいちばん高見にあるのは我が家だからな。全部うちに落ちるぞ」
王邸を差して「うち」と為すのがこのオベル王である。
豪快に笑い飛ばされて、少女は甲板から身を乗り出して王都を指差した。
「山間に落ちたら山火事になります。民が焼き出されても王邸が受け入れられなければ、王家はただの冠です」
「んん、そうだな。ではどうすればよいか考えて父に教えてくれ、ロゼリッタよ。頼んだぞ」
少女は弾かれたように頭をもたげオベル王を見上げ、またしてもと己の浅はかさを悔いた。スカルドはそうしてよく自らの子どもたちに世情や民心、行政の一端を絡めたことがらを謎々のように不意に突きつけた。六人の子どもたちは父親の張った罠にまんまと捕まったことに気づくと、ある者はふて腐れ、ある者は面白がって謎々に励み、ある者は文政官たちを喜ばせるような素晴らしい正解を導いて見せた。
第三子であるロゼリッタはふて腐れるまではいかぬものの、毎回引っ掛かってしまう自分を心底恥ずかしく思っていた。海兵学校を卒業して、オベル王国海軍の末席――四等兵はつまりが雑用係だ――に身を置いたばかり。十四という年頃は多感だった。面白がられているとわかってなお、下の妹たちのように素直に父の手玉にとられてやれるほど無邪気ではいられないのだ。
そんな娘の葛藤など素知らぬ様子で、スカルドは重い外套を翻し船内へ入っていった。
あれが相当に重いことをロゼリッタは知っている。スカルドが出航前、普段の調子であの王たる外套をロゼリッタに羽織らせたので、あまりの重みに周りに助けを求めた程だ。深紅の外套をつけているときの父は、父である前にオベル王国海軍総督だと認識している。ロゼリッタ自身は娘としての振る舞いが無礼に当たると知っているのに、オベル王本人は邸でのままなのだから、たいそうきまりが悪い。