暴走ガーデン
実は、世間にはあまり知られていない事実だが、SeeDとなった者にも定期試験が存在した。
いつでも受けられるSeeD筆記試験とはまた別のもので、こちらはSeeDの品質保持のために行われる。
鍛錬を怠り候補生時代に学んだ数々の知識を忘れて自滅するようでは話にならないというのが試験の理由。
慢心する事なかれという主旨の下に実施される年一回の定期試験は基本的に復習を中心としているものの、SeeDが最新の技術や情報について行けないようでは困るという事でそれらをも盛り込んだ実にイヤミな構成となっていた。
戦術シミュレーションに戦闘実技、筆記はモンスター生物学に情報理論、兵法論、世界情勢小論文などなど。
端末から申し込み可能なSeeD筆記試験は合格すればSeeDランクの向上が見込める上に、受けるも受けないも個人の自由。
機械による採点なので好きな時に受験出来て融通が利く。
それなのに、定期試験はその逆で試験日固定、一斉実施、高得点を弾き出そうがSeeDランクは上がらない。
むしろ試験科目それぞれの基準点をクリアしなければSeeDランクが下がる。
例えば、不合格科目が三つでSeeDランクは3ランク減。
SeeDランクが下がれば給与が下がるし、任務の成功報酬も下がる。
それ以前に信用問題だ。
当然のごとく、任務の合間であってもせこせこ勉強しなければならないとあって現役SeeDからは不評の嵐。
下手をすると任務に支障が出かねないと毎年多数の苦情が寄せられるものの、ほとんど復習なんだからそのくらい軽くパスしなさいという教師陣の爽やかな笑顔によって強行されるのが常であった。
SeeDは皆思う。
いい迷惑だ。
「SeeDになったからってイイ気になってちゃダメよ試験」
「セルフィ、妙な名前を付けるな」
学生たちでごった返す食堂の一角で現役SeeDの代表選手たちが顔を揃えて昼食を取っていた。
教科書を片手に。
ガーデンのSeeD陳情率No.1を誇る定期試験ではあったが、今年の強行実施が採決されてから早数ヶ月。
試験当日を明日に控え、諦めムード満点で学生気分へと叩き戻されていた。
はっきり言って嬉しくない。
任務をこなしながら頭の片隅で「籠城戦における攻勢の注意点は…何だっけ」などと考える日々に余裕などあるはずもなく。
任務中の集中力が欠けようとも試験は待ってくれない。
不合格を出せばSeeDランク降格、試験勉強のせいで任務中にミスをしても査定に響く。
イイとこ無しの恐怖の定期試験とは全SeeDの認識であった。
かたり、とフォークを皿の上に置いてスコールが教科書を閉じた。
向かいの席ではゼルが情報理論の教科書を見ながらぶつぶつと何かを呟いている。
「あーダメだッ。俺はハードウェアは得意だけどソフトウェアは苦手なんだよ!」
「ゼル、貴方は情報理論だけじゃなくて小論文も苦手でしょ」
「そりゃそうだけどよぅ…」
笑みを含んだキスティスの指摘に、ゼルがヤケになってパンにかぶりついた。
くすくすとそれを眺める余裕のキスティス。
そう、教師免許を再取得したキスティスはこのメンバーの中で唯一人、SeeD定期試験を受けさせる側である。
「キスティス、モンスター生物学の問題作成や言うてたよね~?」
「ええ、そうよ。もちろん問題を漏らしたりはしないけど」
「そこを何とか教えてくれへんか? バラムでケーキ奢ったるで~?」
「セフィ~、教師の買収はSeeD資格剥奪モノだよ~」
アーヴァインがたしなめると、セルフィが兵法論の教科書を持ったままテーブルに突っ伏した。
何の事はない、皆して煮詰まってきているだけである。
試験問題の中心は過去に学んだ事の復習。
加えて多少の最新技術と情報。
しかし、人間とは忘れる生き物である。
任務で使う『かもしれない』からという理由で極限まで詰め込まれた知識の数々たるや半端な教育機関の比ではない。
質・量ともにハイレベル。
これが任務で良く使う知識であればそう簡単には忘れないのだが。
例えば、セルフィは情報戦に特化した任務を請け負う事が多いのでそちら方面には滅法強い。
ゼルは破壊作戦に携わる機会が多く、機械や爆発物の取り扱い・特性には強い上に接近格闘戦を仕掛けるので人体学に長けている。
アーヴァインは各地を飛び回る事が多いために世情には一番強い。
彼がモンスター生物学にも強いのは、各種のモンスターの急所を知っておかねば狙撃の長所を生かせないからだ。
サイファーやスコールに至っては言わずと知れた戦術・戦略のスペシャリスト。
つまり、人それぞれ得意分野が異なる。
得意分野があれば苦手分野もあるという事で。
任務での役割がある程度決まっている以上、それは仕方のない事だった。
とは言え、そんな事が考慮されるようなら定期試験など最初から行われない。
いつか苦手な分野の任務を割り振られるかもしれないのだ。
SeeDたる者、研鑽を怠るなかれ。
理解は出来る。
出来るのだが。
「スコール、お前の指揮官特権で試験潰せねぇのか?」
などと言いたくなる気持ちもわかって欲しい。
「……無理言うなよ。それは特権じゃなくて職権乱用だ」
「そうよ、サイファー。貴方、運良く任務から外れてるんだから大人しく勉強しなさい」
「センセイは試験免除だろ。俺らの苦労もわかってくれよな」
「ん~、サイファーの言う事にも一利あるかもね~」
ゼルとセルフィもうんうんと頷いている。
教え子の我が侭にキスティスは溜息を吐いた。
「あのねぇ、私だってSeeDから教師になるまでに何度か定期試験で苦労したのよ? 貴方たちはまだ一回目でしょう」
「お、じゃあ過去の問題教えてくれよ!」
意気込むゼルに向かってキスティスは苦笑いを向ける。
「知ってるでしょ? 毎年副科目が変わるのよ」
「「……は?」」
ステレオで疑問の声が上がった。
「そうなのよね~。シュウ先輩が「今年もがらりと変わったな」とか言うとったし~」
「っちゃー! やっぱ無理かー…」
「ま、地道にやるしかないって事だよね~」
と落胆混じりに盛り上がる仲間がいる一方、沈黙の二人がいた。
副科目? 何ソレ? な二人である。
異様な沈黙を保つサイファーとスコールに気付いたキスティスが怪訝そうに訊ねた。
「どうかしたの?」
実のところ、二人の脳内では盛大なエマージェンシーコールが鳴り響いている。
明日が試験だという事実を忘れたい。
忘れたいが時の流れは無情だ。
「えーと、な。キスティス、そのよ…」
「……副科目って、何だ?」
今度は全員が沈黙した。
しばし痛々しい静寂を味わった後、震える指でキスティスが二人を指し示す。
「貴方たち…まさか…まさかとは思うけど、試験要項を読んでないの…?」
「任務の合間にやる復習試験なんざそう難しいモンじゃねぇだろ」
「教養の範囲として教わったものまで復習する必要性を感じないな」
言外に試験要項を見ていない言い切った二人に対して、恐ろしいものを見るような視線が集中した。
というか、本当に恐ろしい。
暴挙である。
哀愁を漂わせてふっとアーヴァインが微笑んだ。
「オールマイティの悲劇だね…」
この二人、優秀であるがゆえに実施される試験科目の確認すらしていないようだ。
いつでも受けられるSeeD筆記試験とはまた別のもので、こちらはSeeDの品質保持のために行われる。
鍛錬を怠り候補生時代に学んだ数々の知識を忘れて自滅するようでは話にならないというのが試験の理由。
慢心する事なかれという主旨の下に実施される年一回の定期試験は基本的に復習を中心としているものの、SeeDが最新の技術や情報について行けないようでは困るという事でそれらをも盛り込んだ実にイヤミな構成となっていた。
戦術シミュレーションに戦闘実技、筆記はモンスター生物学に情報理論、兵法論、世界情勢小論文などなど。
端末から申し込み可能なSeeD筆記試験は合格すればSeeDランクの向上が見込める上に、受けるも受けないも個人の自由。
機械による採点なので好きな時に受験出来て融通が利く。
それなのに、定期試験はその逆で試験日固定、一斉実施、高得点を弾き出そうがSeeDランクは上がらない。
むしろ試験科目それぞれの基準点をクリアしなければSeeDランクが下がる。
例えば、不合格科目が三つでSeeDランクは3ランク減。
SeeDランクが下がれば給与が下がるし、任務の成功報酬も下がる。
それ以前に信用問題だ。
当然のごとく、任務の合間であってもせこせこ勉強しなければならないとあって現役SeeDからは不評の嵐。
下手をすると任務に支障が出かねないと毎年多数の苦情が寄せられるものの、ほとんど復習なんだからそのくらい軽くパスしなさいという教師陣の爽やかな笑顔によって強行されるのが常であった。
SeeDは皆思う。
いい迷惑だ。
「SeeDになったからってイイ気になってちゃダメよ試験」
「セルフィ、妙な名前を付けるな」
学生たちでごった返す食堂の一角で現役SeeDの代表選手たちが顔を揃えて昼食を取っていた。
教科書を片手に。
ガーデンのSeeD陳情率No.1を誇る定期試験ではあったが、今年の強行実施が採決されてから早数ヶ月。
試験当日を明日に控え、諦めムード満点で学生気分へと叩き戻されていた。
はっきり言って嬉しくない。
任務をこなしながら頭の片隅で「籠城戦における攻勢の注意点は…何だっけ」などと考える日々に余裕などあるはずもなく。
任務中の集中力が欠けようとも試験は待ってくれない。
不合格を出せばSeeDランク降格、試験勉強のせいで任務中にミスをしても査定に響く。
イイとこ無しの恐怖の定期試験とは全SeeDの認識であった。
かたり、とフォークを皿の上に置いてスコールが教科書を閉じた。
向かいの席ではゼルが情報理論の教科書を見ながらぶつぶつと何かを呟いている。
「あーダメだッ。俺はハードウェアは得意だけどソフトウェアは苦手なんだよ!」
「ゼル、貴方は情報理論だけじゃなくて小論文も苦手でしょ」
「そりゃそうだけどよぅ…」
笑みを含んだキスティスの指摘に、ゼルがヤケになってパンにかぶりついた。
くすくすとそれを眺める余裕のキスティス。
そう、教師免許を再取得したキスティスはこのメンバーの中で唯一人、SeeD定期試験を受けさせる側である。
「キスティス、モンスター生物学の問題作成や言うてたよね~?」
「ええ、そうよ。もちろん問題を漏らしたりはしないけど」
「そこを何とか教えてくれへんか? バラムでケーキ奢ったるで~?」
「セフィ~、教師の買収はSeeD資格剥奪モノだよ~」
アーヴァインがたしなめると、セルフィが兵法論の教科書を持ったままテーブルに突っ伏した。
何の事はない、皆して煮詰まってきているだけである。
試験問題の中心は過去に学んだ事の復習。
加えて多少の最新技術と情報。
しかし、人間とは忘れる生き物である。
任務で使う『かもしれない』からという理由で極限まで詰め込まれた知識の数々たるや半端な教育機関の比ではない。
質・量ともにハイレベル。
これが任務で良く使う知識であればそう簡単には忘れないのだが。
例えば、セルフィは情報戦に特化した任務を請け負う事が多いのでそちら方面には滅法強い。
ゼルは破壊作戦に携わる機会が多く、機械や爆発物の取り扱い・特性には強い上に接近格闘戦を仕掛けるので人体学に長けている。
アーヴァインは各地を飛び回る事が多いために世情には一番強い。
彼がモンスター生物学にも強いのは、各種のモンスターの急所を知っておかねば狙撃の長所を生かせないからだ。
サイファーやスコールに至っては言わずと知れた戦術・戦略のスペシャリスト。
つまり、人それぞれ得意分野が異なる。
得意分野があれば苦手分野もあるという事で。
任務での役割がある程度決まっている以上、それは仕方のない事だった。
とは言え、そんな事が考慮されるようなら定期試験など最初から行われない。
いつか苦手な分野の任務を割り振られるかもしれないのだ。
SeeDたる者、研鑽を怠るなかれ。
理解は出来る。
出来るのだが。
「スコール、お前の指揮官特権で試験潰せねぇのか?」
などと言いたくなる気持ちもわかって欲しい。
「……無理言うなよ。それは特権じゃなくて職権乱用だ」
「そうよ、サイファー。貴方、運良く任務から外れてるんだから大人しく勉強しなさい」
「センセイは試験免除だろ。俺らの苦労もわかってくれよな」
「ん~、サイファーの言う事にも一利あるかもね~」
ゼルとセルフィもうんうんと頷いている。
教え子の我が侭にキスティスは溜息を吐いた。
「あのねぇ、私だってSeeDから教師になるまでに何度か定期試験で苦労したのよ? 貴方たちはまだ一回目でしょう」
「お、じゃあ過去の問題教えてくれよ!」
意気込むゼルに向かってキスティスは苦笑いを向ける。
「知ってるでしょ? 毎年副科目が変わるのよ」
「「……は?」」
ステレオで疑問の声が上がった。
「そうなのよね~。シュウ先輩が「今年もがらりと変わったな」とか言うとったし~」
「っちゃー! やっぱ無理かー…」
「ま、地道にやるしかないって事だよね~」
と落胆混じりに盛り上がる仲間がいる一方、沈黙の二人がいた。
副科目? 何ソレ? な二人である。
異様な沈黙を保つサイファーとスコールに気付いたキスティスが怪訝そうに訊ねた。
「どうかしたの?」
実のところ、二人の脳内では盛大なエマージェンシーコールが鳴り響いている。
明日が試験だという事実を忘れたい。
忘れたいが時の流れは無情だ。
「えーと、な。キスティス、そのよ…」
「……副科目って、何だ?」
今度は全員が沈黙した。
しばし痛々しい静寂を味わった後、震える指でキスティスが二人を指し示す。
「貴方たち…まさか…まさかとは思うけど、試験要項を読んでないの…?」
「任務の合間にやる復習試験なんざそう難しいモンじゃねぇだろ」
「教養の範囲として教わったものまで復習する必要性を感じないな」
言外に試験要項を見ていない言い切った二人に対して、恐ろしいものを見るような視線が集中した。
というか、本当に恐ろしい。
暴挙である。
哀愁を漂わせてふっとアーヴァインが微笑んだ。
「オールマイティの悲劇だね…」
この二人、優秀であるがゆえに実施される試験科目の確認すらしていないようだ。