暴走ガーデン
大体の科目は基準点以上を取れると踏んでの行為なのだろうが、甘い。
いや、ガーデンの定期試験が辛辣なのだろうか。
引きつった表情でセルフィたちが追加の説明を入れる。
「はんちょたち、あのね? 副科目ってゆーのはその教養の範囲から出されるヤツやで~?」
「主要科目は固定だけどよ、毎年何科目か入れ替わるんだ。そんなのぜってー使わねーよ!ってのが出てくるんだぜ?」
「ちなみに今年は生活雑学と各国の人物名鑑よ」
科目なのかソレ。
内心の声はともかく、確かにそんなものを習ったような記憶が微かにある。
さすがにサイファーもスコールも青ざめた。
人間失格レベルに不器用で家事と縁の遠いスコールに生活の雑学などを格納しておく記憶場所はない。
また、サイファーは興味のない人間の名前は徹底的に覚えない性質で、ましてや役職や経歴まで覚えているはずもない。
二人にとって、それらは激しく盲点だった。
そして試験は明日だ。
正確には試験開始まで20時間を切っている。
全く欠片も勉強していなかった科目がある事を試験前日に知らされるこの恐怖がわかるだろうか。
それも昇格試験ではなく言うなれば降格試験でだ。
不可取ったら落第しちゃうよってのと同じくらい、痛い。
「お前ら、ランク落ちたらますます借金返済に時間かかるよな」
ゼルが追い打ちをかけた。
「どーせすぐに上がるんやろうけどね~」
「でも次の決算日には絶対間に合わないよね~」
語尾ぬるいコンビも追い打ちをかける。
「貴方たち、間違っても書類放り投げて自主学習しようなんて思わないでね」
麗しき指揮官補佐が迫力ある笑顔を向けてくる。
先手を打たれた指揮官及び副指揮官は進退窮まって凍り付いた。
1.仕事をサボって今から勉強 → キスティスのショックウェーブパルサー
2.普通に仕事を終わらせてから勉強 → 時間が足りない
がたん、とサイファーが席を立った。
次いでハッと気付いたようにスコールも立ち上がる。
「書類、片付けりゃいいんだろ」
「最速で終わらせる」
言い捨てて、そそくさと執務室に戻っていく。
優秀な問題児二名をキスティスが深い溜息を吐いて見送った。
「たまに抜けてるのよね、あの二人…」
「今回の抜けっぷりはかなり痛いけどな」
事実を突く常識人ゼルの言葉には重みがある。
「一夜漬け、だよね…」
「そんで三日後には忘れるんやろ…」
使わない知識の試験勉強などそんなものである。
ましてや突き抜けて苦手な分野。
試験を受ける立場の三名も食器を乗せたトレイを持って立ち上がった。
「ああ、あの二人、明日の試験が終わるまで近付かない方がいいわよ」
「ンなこた誰にでもわかるって」
「そうやで、絶対殺気立ってるもん」
「あの二人の試験勉強の邪魔したら命が危ないよね~」
誰も邪魔しないと思う。
口々にそう言ってゼルたちも食堂を後にした。
一人残ったキスティスもまた、冷め切った紅茶の残りを飲んで立ち上がる。
「本当に誰も邪魔しないでくれると嬉しいんだけど…」
午後の業務に入った途端、美しい教師の懸念は綺麗なクリティカルヒットを決めた。
ところで、世の中の試験前日の人間というものは大なり小なり皆切羽詰まっていて殺気立っているものである。
学舎全体がピリピリとするのもよくある風景だ。
この法則は大抵どこでも同じものであり、生徒もSeeDもその法則から外れる事はない。
試験対策に追われる人間の邪魔をすれば手痛い反撃を喰らっても仕方がないのではないだろうか。
仕方がないのだ。
仕方がないから諦めて欲しい。
ごめんなさい、無事でいて。
「ああああああ……!」
と言葉にならない状態で頭を抱えるキスティスがたった今知った事実とは。
『悪辣なる傭兵集団SeeDに対して制裁を加えるべく我々紅の竜は…』
そこまで音を吐き出して、ガゴン、と部品をバラ撒いてスピーカーが弾け飛んだ。
加害者は無言でハイペリオンを構えているサイファーだ。
ガーデンのブリッジから緊急連絡が入って執務中に問答無用で呼び出されただけでも機嫌は直滑降だというのに、そこで聞いたものは上記の滑りまくった放送である。
何の事はない、所謂宣戦布告というヤツなのだが、時期が最凶に最悪だとキスティスは思った。
「イイ度胸してんじゃねぇか…」
地を這うような物騒な声がブリッジに反響する。
ちなみに、この宣戦布告はガーデン内全域に流されており、生徒たちが戦慄してSeeDたちが殺気立った事は言うまでもない。
たぶん、SeeD以外のガーデン関係者は大多数が思った事だろう。
このテロリストはかなり間が悪い。
SeeD定期試験はわざわざ外部に公表して行うものではないが、厳重に隠している事でもなく、多少調べればすぐにわかる事だ。
ガーデンの情報を集めたなら、この時期ほとんどのSeeDがガーデンに戻ってきている事などもわかるはずで。
つまり、現在このバラム・ガーデンは戦力が充実している。
紅の竜というセンスの無いネーミングのテロリストがどれだけの戦力を集めているのかは不明だが、ガーデン内の全員が一つだけはっきりと言える事がある。
彼らは頭と運が悪かった。
同時に、喧嘩を売る相手と時期を間違っている。
ここに試験勉強を邪魔されて大いに殺気立っている現役SeeDが集結しているのだ。
もう何て言うか。
ボコボコにされても文句言えないよね?
そんな感じである。
生徒たちが戦慄したのは戦争よりも殺気立ってるんじゃないかアンタらという状態のSeeDの群れを見たからで。
教師陣が天を仰いだのはこれから起こるであろう惨事の後始末を試験前にやらなければならないからで。
キスティスが頭を抱えたのは、優秀な問題児二名の暴走を感知したからで。
スコールが静かにガンブレードを抜き払う。
「非戦闘員は速やかに非難。情報班は逆探知して場所を突き止めろ。整備班はラグナロクの発進準備を。レベル20以上のSeeDは戦闘準備後カードリーダー前にて待機。他は防衛に残れ。10分後に打って出る」
サイファーに負けず劣らず物騒な声で次々と指示を出した。
指示を受けたSeeDたちが即座に動き始める。
にわかに騒がしくなったガーデン内には異様が緊迫感が立ち込めている。
スコールは最後に、指揮官として激励の言葉を付け加えた。
「試験は明日だ」
その時、全SeeDが燃え上がったという。
10分後、例を見ない早さで突き止められたテロリストのアジトがラグナロクの自動操縦装置にインプットされていた。
「情報班より報告。発信元のダミーは二つでした。本拠地のメイン・コンピュータはクラック完了。現在デコイを撒いて攪乱中です」
「整備班より報告。目的地のインプット完了、ラグナロク発進可能です」
「防衛班より報告。防衛ラインの設定はガーデン正門。戦闘準備及び各員配置完了」
相次いで入る報告を聞きながらラグナロクに搭乗した突撃班を確認するスコール。
ガーデンの防衛班に残ったキスティスに報告を返す。
「突撃班、準備完了。発進する」
『……了解。程々にね』
物凄く諦めのこもったキスティスの声に頭の片隅で無理だろうなと冷静に思った人間が何人いた事だろう。