暴走ガーデン
ぷつっと小さな電子音を立てて切れた回線に眼もくれず、スコールはラグナロクの発進指示を出した。
たった10分で敵地の特定、情報攪乱に加えて防衛準備に突撃準備を完了させるなど、通常の局面では考えられない動きだ。
試験前で追い込み中の人間にとってはある意味現実逃避の一環だったのかもしれない。
もっとも、そんな時のそんな相手に宣戦布告したテロリストが悪いのだが。
「ラグナロク発進。目標、ドール東部の廃工場地帯。紅の竜を捕縛してドール公国に引き渡した後帰還する」
「捕縛ぅ? ンなちんたらやってっと日が暮れちまうぜ」
「サイファー、建前って知ってるか?」
ガーデンが誇る冷静沈着な指揮官、只今マッハでブチ切れ中。
ここにはストッパーになる仲間もいない。
キスティスはガーデンに残り、ゼルやセルフィ、アーヴァインですらも怒髪天を衝く勢いだ。
そしてサイファーに歯止め役を期待しようとする非常識な命知らずはガーデン全域を見渡しても一人として存在しない。
明日が試験というこの日に、追い込み中のこの大事な時に、一分一秒が惜しい大切な勉強時間を削られた。
SeeDといえども人間である。
降格がかかった試験の勉強を邪魔されて腹が立たない訳がない。
それでも作戦に対しては通常通りに動けるのがSeeDたる所以。
いや、今回に限って言えば通常よりも何倍も動きが速いのだが。
恐るべし怒りのパワー。
結論から言うと、テロリスト集団紅の竜はあっさりすっぱりきっちりとドール公国に引き渡された。
首謀者含め全員を捕縛した上での引き渡しである。
怒りで燃え上がったSeeDたちは嵐のように襲来して風のように去っていったという。
紅の竜メンバーのほとんどが半殺しの憂き目に遭い、帰途に着いた時のSeeDたちの片手にはすでに教科書が装備されていたらしいという情報はガーデン闇の歴史の1ページに記されたそうだ。
外部から見ると、この対テロ作戦は売られた喧嘩を速攻で買って倍返ししたあげくの大成功であった。
が、試験前日のSeeDにそれを喜ぶ余裕などありはしない。
「ちょ、ちょっと待ってなのね~。陣形ってこんなに種類あったっけ~?」
「うがー! 論理式の計算なんていつ習った事だよ!?」
「え~と、バラムとガルバディアのカリキュラムが同じなら3年以上は前だと思うよ~」
「ンな昔の事覚えてねぇよ!!」
突然のハプニングにも負けず、SeeDたちは黙々と……いや、騒然と勉強を続けている。
「生活雑学なんて試験科目に入れたのは誰だ…」
「おいおいおいおい…いくら何でもガルバディア議会の書記次長まで覚えてるヤツなんざいるのか?」
「俺は覚えてる」
「……お前、ほんっとーに記憶が偏ってんのな。フライパンと鍋間違えんなよ?」
「いや、さすがにそこまでは」
「しないと言い切れるのか?」
「…………」
借金持ち二名の微妙に笑えない会話も続く。
その騒ぎを聞きながら報告書を片付けるキスティスは、明日の試験が無事に終わる事を切に願っていた。
こうして阿鼻叫喚の試験勉強の夜は更けていく。
ほぼ現実逃避と憂さ晴らしで片付けられたテロリスト集団が一番哀れと言えば哀れなのかもしれないが。
それにツッコミを入れる猛者はこの場のどこにもいなかった。