平和島さんが同人誌を出したようです。
そもそも、一週間前の自分から間違っていたのかもしれない。
その夜、いつものように上司と、そして最近入ってきたばかりの後輩とともに借金の取立てに行った静雄は、これまたいつものように取り立て相手の不用意な言葉にキレた。自分が借りた金をまともに返してもいない男が、いかにも偉そうに説教などしてきたものだから、ただでさえ切れやすい平和島静雄という男の堪忍袋の緒は、それはもうあっさりと切れてしまった。結局相手を隣接するマンションの二階のベランダに投げ込んで、ようやく静雄の怒りはおさまったのだが、破壊しつくされた現場を見て頭を抱えた会社の人間から一日待機を言い渡されることになった。
実際にそれを静雄に伝えたのは、直接の上司である田中トムだったのだが、申し訳なさに思わず頭を下げた静雄の肩を軽く叩くと、彼は苦笑した。
「ま、あれは俺もムカついたしな。気にすんな」
「・・・・・すいません・・」
もう一度頭を下げた静雄に、「んじゃ、また明日な」とひらひら手を振って、トムが帰っていったのが六日前の朝のことだ。そのあと自分は部屋に戻って、少し遅い朝食をとろうとしたのだが。
そうか、冷蔵庫に食べ物らしきものがニボシと賞味期限切れの卵しか入っていなかったのが、間違っていたのかもしれない。
静雄はゆっくりと思考を廻らせながら、そんなことを胸の奥でぼやく。
冷蔵庫に朝食になりそうなものがなかったために、静雄は外に出て朝食をとることにした。とはいえあまり出歩く気にもなれなかったので、そのときの静雄は、朝食だけすませたらすぐ家に帰るつもりだった。
いきつけの近所のファーストフード店に入って、いつもより少し遅い朝食をとった。ただそれだけだった。特に何かおかしなことをした覚えもないし、された覚えもない。しいていうなら、朝食が終わって店を出たあとで腹ごなしにと思って近くの公園へと足を向けたことくらいだ。
それか。それが間違いだったのか。
公園のベンチに腰をおろしてぼんやりしていた自分の周りに、これでもかというほど集まってきた鳩の群れを思いだす。クルルックー、と、のんきに鳴きあうどんくさそうな鳥たちを見下ろして、餌なんて持ってないのになんで集まってくるんだ、などというようなことを考えていた気がする。鳩は次から次からまるでマジックみたいに何処からともなく飛んできては、なぜか静雄の靴をやたらつつきたがって我先にと近寄ってきた。
面白ぇな。そう思って静雄もまたのんきな気分で眺めていた。
10分くらいそうしてベンチに座っていたのだが、ふと聞き覚えのある声に気づいて顔を上げると、公園の入り口の傍に、なんだかとても、なんというか痛々しい感じのワゴン車がとまっているのが見えた。昼前の陽気にぼやけた頭でしばらく見ていると車から三人の男女が降りてきた。
「・・・・かど・・た?」
その中の見知った顔に、静雄はサングラスの奥の目を瞬かせる。あとの二人も、見たことのある顔だった。こんなところで何をしているのかは知らないが、知り合いなのだから声くらいかけるべきだろうか。そんなことを考えた。しかしもしかしたら自分のような人間が声をかけるのは迷惑かもしれない、とも何処かで思う。
自分が多くの他人にどういうふうに思われているのか、残念ながら静雄はだいたい理解していた。そしてそれは正しいことだとも思っていた。かなしくないわけでも、さびしくないわけでもない。ただ自分に近づいた人間を自分自身が傷つけるくらいなら、誰も近寄ってこない方がいいと思っていた。
だから静雄は迷いながらも、そのままぼーっと見ているだけだった。楽しそうに話をしている三人。そこに少しの憧れを抱きながら。
見ているだけだった自分ではなく、見ていることを選んだ自分が間違いだったのかもしれない。もしかしたら、すぐにでも立ち去るべきだった、のかもしれない。
作品名:平和島さんが同人誌を出したようです。 作家名:藤枝 鉄